
キラキラ
第25章 Count 10
知らず、震える手で、重たいドアにそっと手をかけた。
心臓が早鐘を打つ。
……聞き間違えであるはずがない。
低めの、艶やかなトーン。
聞きたくて聞きたくて、たまらなかった声が……確かにした。
……まさか。
「……失礼します」
小さく呟いて、一歩部屋に入る。
ふかりとする絨毯。
後ろ手に扉を閉め、伏せていた顔を思いきってあげた。
校長室にありがちな黒の皮張りのソファセットが、まず目に入り。
その向こうの大きなデスクに寄りかかって立っているのは。
「……遅かったな」
皮肉げに片頬をあげて笑っていて。
前髪はオールバックで、ダークグレーのスーツに身を包んでる……俺が会いたくて会いたくてたまらなかったその人。
「ま……松兄…?」
………やっと。
やっと見つけた。
呆けたように突っ立ってる俺を見て、松兄はクスッと笑った。
「退学通告を受けにきた面じゃないな」
「……」
「許しを請いにきたか」
だけど。
顔は松兄だけど、口調はまるで違うことに……唇をかんだ。
木村くんたちが、そうであったように。
松潤たちが、そうであるように。
俺の知っている大事な人たちは、ことごとく設定が違う。
今、目の前の愛しい人の発する言葉も、教育者のそれだ。
………どうして…
久しぶり、とか、
会いたかった、とか。
たくさん伝えたい気持ちが渋滞している俺の胸は、溢れかえり息苦しい。
浅く深呼吸を繰り返す。
「大野」
大体にして、この夢につきあって、一週間以上たつ。
俺のキャパも、いい加減壊れそうなのも確かだった。
「大野。……泣きおとしは俺には通用しない」
「……知ってます」
ボロボロ流れる涙を、腕で乱暴にぬぐった。
ついでに、手のひらで鼻水もふいた。
いいや。
松兄に会えただけで。ここにいると分かっただけで。
「退学……は……どうか許してくださぃ」
掠れる声で訴えた。
松兄は、ふうっとため息をついて首をコキッと鳴らした。
「来い」
「……」
「早く」
さそわれるままに松兄の側に歩み寄ったら、ふいに腕をとられ、……広い胸に抱き締められた。
