
ビタミン剤
第15章 陽だまりの午後
舞ちゃんの息子くんの海くんはとにかく翔ちゃんによく似てて
ぱっちりおめめで、長めのまつ毛もくりんくりん
おでこの髪を少しあげてみるとかなりそっくりかも。
好きな人の分身のような乳幼児が自分の腕の中にいる、抱きしめてるだけで、ただ単純に愛おしいって思えてたんだ。
なのに何故だろう
料理を作ってる合間、視線をリビングにむけると
海くんと翔ちゃんのやり取りが見えた。
仲良しでとっても楽し気な光景の筈なのに
なんで
なんで
なんでだろう
俺の記憶の奥の奥に畳まれてる永い螺旋の中
生まれ変わってゆく間、どの時代でも俺たちは出逢い、互いに強く惹かれ合って結ばれていた。
でも、流転してきた運命の絆で、2人の愛の結晶が誕生したことは一度としてなかった。
たった一度だけ
ある時代では夫婦になってた時、貧しい暮らしぶりだったけど身重の翔ちゃんが農作業をしてる俺のところまで昼飯を届けてくれてた記憶。
けど、慎ましいしあわせはあっという間に過ぎ去ってしまう。
流行り病が翔ちゃんと腹の中の子供の命まで奪っていってしまった。
翔ちゃんが抱くかわいい海くん
この子には俺の遺伝子は皆無。
翔ちゃんの遺伝子も持ち合わせて無いけど櫻井家の遺伝子は確実に受け継いでいる
だからこんなにも似てるんだよね。
ネギを刻む包丁の音が軽やかさを通り過ぎて研ぎ澄まされたものに変わろうとしてたから
一旦握っていたものを俎板の上に置いて、大きく
深呼吸してみた。
