きみがすき
第20章 *きみがすき*
きっと、引っ越したのはただの気分転換とか、そういうのじゃなくて何か他に理由があって、
部屋に呼んだのも、意図があるんじゃないかなって、何となくだけど、そう思った。
相葉ちゃんは、1度俺から視線を外し自分のマグカップをコト。と床に置いた。
そのマグカップからは、温かそうな湯気がたちのぼる。
相「大ちゃんにね、聞いて欲しい話があるんだ。」
そう前置きして、視線を俺に戻した。
その言い方から、とても大事な、そしてとても俺たちにとって大切な話だとわかった。
少しだけ、これから聞く話が怖い。
でも…
相葉ちゃんの表情は、変わらず優しく微笑んでいて、それを見たら、そんな気持ちはすぐに消えていった。
「うん。俺は大丈夫だよ。」
なにが、大丈夫なんだかって話だけど、その時はなんでか大丈夫だって思ったんだ。
相「…ありがとう。」
相葉ちゃんはまた微笑んで、床にあった俺の手に、そっと自分の手を重ねた。
そしてゆっくりと息を吸って
相「俺ね、すきな女(ひと)がいたんだ。」
そんな、言葉から始まった相葉ちゃんの少しだけ昔の話。
*
少し変わった女の子に
恋をしたのは、大学生の相葉ちゃん。
付き合ってたのは数ヶ月。
初めは、暖かく、幸せな時間を過ごしてた。
でも…
そこからおかしくなったのはあっという間。
妊娠…中絶…金…変な家に、変な家族…
それはまるで、悲劇的で残酷な、映画かドラマの話を聞いているような。
相葉ちゃんから出てくるフレーズを理解するのに必死だった。
『さよなら』とメモを残して消えたのは彼女。
相「未練は無いよ。」
本当だよ。と笑う相葉ちゃん。
相「ただね…ずっとずっと消えなくて
俺が、もっとしっかりしてて、知識もあって、経済力があったら、何か違ったんじゃないかなって…。」
『騙された』とは決して口にしない。
だから、俺も言わない。
それは…相葉ちゃん自身が一番わかっていることだと思うから。
相「前の家はね、大学の時から住んでたの。
今思うと、なんであの家にずっと住んでたんだろうって。」
ーきっと、嘘だって思いたかったんだろうね。
と、相葉ちゃんは笑った。
その変わらない笑顔に…胸が苦しかった。