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きみがすき

第33章 *じゅう*

*松本*




目の前でビールを飲み干したイチト。
そうか、もう酒が飲める歳になったんだな。




『俺には、こんな事しかできない。』

そう言ったのは、今よりも小さくて幼い顔のイチト。その表情に浮かぶのは不安。


イチトから事情を聞いた俺達。けど…
肝心の雅紀は、助けを求めるどころか何も言ってこなかった。

そんな雅紀に俺達が出来きたことといったら
普通に、普段通りに接すること。


あの頃には、この世界に行くことを決めていた雅紀。学業に 料理の勉強に、そして借金を返すためのバイトの掛け持ち。
正直…良くできたなって思う。

けれど、日に日に窶れていく雅紀を見ているのは辛かった。
同じように…イチトも辛かったんだろうね。




ゴン!
とテーブルに置いたジョッキを凝視して、動かない瞳。

イチト。今のその感情はなんだ?



と、


大「ふふ。」

聞こえた声。
それは…この場には、とてつもなく不釣り合いで


途端、イチトの瞳がジョッキから大野さんへ向けられる。
その睨み付けるような視線に、イチトが大野さんに手を出すじゃないかって思った俺は、制止しようと腰を上げ…


大「イチはすごいね。」
次に聞こえてきたのは、穏やかな声。

イチ「…は?」


大「俺って、幸せ者だ。」


イチ「…あ?……何…言ってんの?」


大「イチ。ありがとう。」

言葉と共に、向けられたふわっとした笑み。

イチ「…………」
イチトは、その睨んでいた瞳を大きくした。




……

でた、不思議ちゃん。謎の思考回路。
今の今までの重い空気を作った張本人は、紛れもない大野さん。

なのに…この空気を壊したのも
また大野さん。





ガンっ!!


?!!


驚いたのは、その大きな音というよりも
イチトが、自らテーブルに頭を打ち付けたから。

二「っおい!何してんだよ!」


イチ「………なんだよ…。」


二「…え?」


イチ「なんだよ…。ふつー怖ぇーだろ……こんな勝手に調べたりする奴…」



……あー…そっか…イチトは…


イチ「……なんで別れたんだよ。
離さねーって言ったじゃん!
なんで…離したんだよ…!」

表情は、下を向いていてわからない。
けど…

イチ「俺…兄貴の恋人は、おーちゃんじゃなきゃ嫌だよ…」

そんな拗ねた声が聞こえた。

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