兄達に抱かれる夜
第10章 可愛がって貰えたみたいだね
世の中そんなに甘くないし、どうして俺が身の危険を犯してまで、ただの風船を取ってあげなくちゃいけないんだ?
「どうしてあれが欲しいの?」
可愛いけど、意地悪したくなる。
キョトンとした顔。
「恵麻のだから、タマちゃんに貰ったから、大事なの〜」
タマちゃん、今思えば、双子の兄の環の事だったんだろうけど、この時は犬とか猫に貰ったのか?
はあ?
首を傾げていた。
「大事なモノだったら、手を離してしまったら、だめじゃないか?」
そういう事だ、自分がやったんだから、自分で何とかしなさい。
「だから、取り返すの〜」
じたばたして、木の幹に抱きついている。
なるほどね、そういう考え方か、悪くない。
一応自分で何とかしようと思ってるみたいだし。
そういう事なら、しようがないな。
そう思った俺は、木に登って、風船を取ってあげようと思ったんだ。
それなのに。
木に近付く、俺の目の前で、サッと横切る、小さな人影。
翔太だった。
少し離れた場所で、和と一緒に走り回ってた筈だ。
急に現れて、野生動物みたいに、木によじ登る。
するすると登って、なんなく、小さな腕が風船を取る。
届かないから、上から見下ろして、俺の方を見た。
「気を付けろよ、翔太」
手を伸ばして、風船を受け取り、声をかける。
少し前に、この木に登って、落ちたばかりだった。
体もまだ、小さいし、両親がきつく禁止だと言い聞かせても聞かない。
活発で、好奇心旺盛。
怪我をしても、恐れずに、何度もこっそりチャレンジして、なんなくこなしていく。
友達も多くて、両親に反対されるような子でも、構わずに、ただ純粋に遊ぶ。
その存在が俺には、眩しかった。
木の上から俺を見下ろす翔太。
葉の隙間から洩れる日の光を浴びて、不敵に笑う。
「こんなの、余裕だよっ」
嬉しそうに笑いながら、するすると木から下りる。
「お兄ちゃん、すごいっ、ありがとうっ」
恵麻の前に立つ翔太が、そこで初めて、恵麻の存在に気付いて、じっと見つめる。