
僕は君を連れてゆく
第35章 空の色
車の中で大野さんは一言もしゃべらない。
音楽もラジオもかからない。
流れる景色を見ていたら、だんだん、まぶたが下がってくる。
「眠い?」
「大丈夫です…」
「寝てていいよ。」
大野さんが鼻唄を歌う。
それが心地よくて…
気がついたら夢の世界にいた。
ふと、目が覚めたら大野さんはタバコを吸っていた。
車の窓は開けられていてやさしく風が車内に満ちていて。
「?起きた?」
外を見たら車はどこかの駐車場に止まっていた。
「ここは?」
「昔、あそこから船で釣りに行ってた。」
大野さんは昔を思い出すようにフロントガラスから見える海を見つめた。
ここはさっき歩いた浜辺から1時間くらいの距離で少し山に入った場所で遠くに海が見えて、さらにその奥には船がでているのも見えた。
あそこに大野さんが乗っていたんだ…
「釣りはさ…俺の友達の親父さんがやっててさ、その人に連れられて行ってたんだ。でも、親父さんが亡くなってさ…船も手放すことになったみたいで…それから、やってないんだよな…」
大野さんは早くにお父さんを亡くしていて、そのお友達のお父さんを自分の父親のように慕っていたらしい。
「めっちゃ、楽しい思い出なんだよ。」
と、笑った。
つまりは、もう、釣りは十分に楽しんだ、と。
「…そう…」
遠くに見える広い海。
「海と空ってどっちが広いと思う?」
海と空の境界線はどこなんだろう。
俺は助手席のドアを開けて外へ出た。
そこは2~3台なら車が駐車できるくらいのスペースがあってトラックの待避場となっていて。
後ろの山はピンク色に染まろうとしている。
「空の方がわからないことがたくさんありそうですよね。」
「海だって、本当に俺たちが見てきたところが深海かわかんないぞ。」
大野さんはまたタバコに火をつけた。
