マリア
第10章 夜想曲
高校生の俺には似つかわしくない、ホテルの客室みたいなドアを開け、スクバを足元に置いてから靴も脱がずにその部屋の中を見渡した。
殺風景な、生活感のない部屋。
それはこの部屋に越してきてから一年ぐらいたっても変わらない。
生活に困らない程度のものしか揃えていない部屋。
いつ、出ていっても大丈夫なように…
寝室のドアを開け床の上に俯せで寝転がって、床に耳を押し当てる。
「……。」
そのままじっと耳をすませてみる。
…そう、この俺の部屋の下にはアイツが住んでる。
俺が人殺しと言って憚らない、アイツが。
真っ暗な、物音一つしない部屋の中で、俺は目を閉じ息を殺し、
微かに耳に入ってくる生活音からアイツの存在を嗅ぎ分ける。
ドアの開閉音。
流水音。
そして、今は全然聞こえなくなった、
アイツとは違う、キーが高くて鈴を転がすような笑い声。
その全てが煩わしくて、
妬ましくて、
そして、とうとう…
耳の奥に残る甲高い声。
記憶の一番深い部分に潜り込んで時々顔を覗かせる。
そう、俺は、
アイツの一番大切にしていたものをメチャメチャに踏みにじって壊したことがある。
にもかかわらず、アイツは…
潤「ごめん。遅くなってしまって…」
アイツは俺の言いなりだった。