原稿用紙でラブレター
第5章 青いハートに御用心
教室へと続く廊下をにのちゃんと肩を並べて歩く。
まさかこんな日が本当に来るなんて大学に入った時は想像出来なかった。
にのちゃんに近付きたい一心で教師を目指した俺。
教科だって勿論にのちゃんと同じ国語を専攻した。
3年の時から実習に向けての事前打ち合わせはしていたけど、実際こうしてクラスに入って授業をするのは初めてで。
何度かにのちゃんちでも模擬授業をさせてもらったりして、その度に優しく丁寧に教えてくれた俺専用の教科担当教員。
そしてこの6月、ついに本番の日を迎えた。
にのちゃんにはプライベートでも沢山協力してもらったから全力で頑張んないと。
ふぅっと息を吐きながら隣を歩くにのちゃんを盗み見る。
半袖カッターシャツに紺のニットベストとグレーのスラックス。
いつものスタイルのはずなのに、その横顔が何だかすごく頼もしく見えて。
やっぱ俺と居る時と学校とじゃ雰囲気も変わるのかな…
今までは放課後にしか遊びに来たことはなかったから実際に授業をするにのちゃんを見た事はない。
高校の頃の授業ははっきし言ってつまんない印象だったのは確かなんだけど。
いやいやそれは単に俺が国語に興味が無かっただけであって、にのちゃんがどうとかそういうことじゃ決して…
「あ」
小さく漏らした声と同時に、ペタペタと響いていたサンダルの音がふいに止まった。
そして体ごとこちらに振り向いたにのちゃん。
ジッと俺の目を見つめてくるその薄茶色の瞳に急に心臓がドキドキしだして。
え、なに…?
そのまま言葉を待っていると、視線の先で小さく口を開いた。
「…私たちのことは生徒には絶対気付かれちゃダメですから」
「…え?」
「いいですか?相葉先生」
「あ…はい」
念を押すようにジッと見上げてくる圧にすんなり首を縦に振るしかなくて。
さっきの職員室での口調とはまるで違う、すっかり仕事モードのにのちゃんがそこには居た。
そのあまりの変わり様に、違う意味で心臓がドキッと鳴る。
かと思えば。
「ネクタイ、曲がってます」
言いながら伸ばしてきた手で、優しくネクタイを直されて。
そっと肩に手を置かれて『よし』って頷く顔を直視出来ずに、赤い顔で俯きながらお礼を言った。