赤い糸
第12章 赤い糸
「すいません…」
泣くつもりなんかなかった。
最後まで笑ってサヨナラをするつもりだったのに
「大丈夫です…」
優しくなんてするから
「…大丈夫です!」
涙の止め方を忘れてしまう。
思っていたよりもたくさんあった私物は今ボストンバックの中に押し込められている。
私の心のようにギュッと押さえつけられてる。
これ以上ここに居るともっと惨めになりそうで
「うんと…」
大きく息を吸って一度瞳を瞑って
「たくさんの幸せをありがとうございました。」
思いの丈を言葉にした。
「前の私に戻ることは出来ませんでしたけど…私は後悔してません!」
*
…後悔しろよ
涙をポロポロ溢しながら微笑むおまえはもう何もかも決心が付いたんだな。
「エヘヘ…」
最後におまえを見捨てた俺に無理して笑って
「ありがとうございました!」
頭を下げるおまえに俺はなんて言葉をかければいい?
「ありがとうはこっちの台詞だよ。」
最後ぐらい素直になってもいい?
視線を合わせるように屈み込んで涙を溢す璃子の瞳を見据える。
…痩せたな。俺のせいだな。
「英語の仕事につきたかったんだろ?よかったな。」
*
…よくないよ。
「はい、夢が叶いました。」
私の今の夢は記憶を取り戻して もう一度あなたの傍にいることなのに
「先生の足を引っ張らないように頑張ってきます!」
なんて、大口を叩いてしまう。
行くなと…俺の傍に居ろって
「おまえなら出来るよ。頑張ってこい。」
「はぃ!行ってきます!」
言って欲しかった。
でも、それは無理な話。
京介さんは優しく微笑むと
「じゃあ…はぃ…」
目の前に差し出された彼の長い小指
「頑張るって約束して。」
「指切り…ですか?」
「そう、指切りげんまん。ほら。」
「…え」
彼の指に絡め取られるように強引に繋ぎ合わせた小指と小指
「…痛いっ!」
最近痛むことのなかったコメカミに激痛が走る。
「おいっ!」
ウソ…
「璃子っ!」
小指から伝わる柔らかなあたたかさ…そのぬくもり
どうして今なの?
瞼の裏に映し出されたいつかの二人
『おまえは俺のモノだからな』
裸のまま小指を絡めあった京介さんと私
『約束な。』
『はい。約束です。』
そか…私はこんなに優しい気持ちであなたを愛していたんだ。