赤い糸
第2章 愛する人
…どうしてそんなヤツにとびきりの笑顔を振り撒くんだよ。
ベッドの前に立つ背丈が俺と変わらない白衣を着た男は見るからに高そうな靴を履いていた。
見た瞬間にわかった。
コイツが璃子を学会に連れ出している川野っていう医者なんだって。
…その笑顔は俺だけのモノだったのに。
「またあとで来るよ。」
「うん。」
璃子は俺になんか見向きもせずに医者に柔らかな笑みで手を振る。
そうなんだ…これが現実なんだ。
溜め息も出やしない。
ドアの前でただ立ち尽くすだけの俺の横を医者が通りすぎる。
…カツン
「すいません…ちょっといいですか?」
俺は無意識に医者の腕を取り病室から連れ出した。
「そろそろ離してもらえませんか?」
さっきまで美紀ちゃんと話をしていた談話室に入ると医者は俺に微笑みながら手を振り
「あっ…」
払いのけた。
医者は腕を組んで窓ガラスに凭れかかりながら俺をまっすぐに見据え
「キミが京介くんか。」
見定めるように俺を見た。
「璃子が世話になってます。」
彼氏の意地なのか俺は馬鹿丁寧に頭を下げた。
顔を上げると医者はフッと小さく息を吐き言葉を一方的に紡ぎだした。
「美紀ちゃんから聞いたと思うけど璃子…高円寺さんは何らかの脳内の事情で記憶を失ってる。そして、いろんなことが混同して俺のことを彼氏だと勘違いしてる。聞きたいのはその事だろ?」
「…」
職業柄なのかコイツは俺とは反対に至って冷静だった。
「僕は専門外だから詳しく話すことはできないけど…」
その冷静な態度が俺をさらに惨めにさせる。
「主治医によると無理に思い出させてはいけないらしい。今の勘違いをしている記憶と混同してパニックを起こしてしまうらしいからね。だからこのことは彼女に任せていくしかないんだ。」
勝ち誇ったように言葉を紡ぐコイツ
「…俺は指を咥えて見ていろと?」
心の声を吐き出すとその声は震えていた。
「そうだな、彼女を愛しているのなら…見守ってやるしかないな。」
いや、全身が震えていた。
震えを沈めるように拳を握り俺はコイツを睨みながら
「あなたは璃子の彼氏を演じ続けるんですか?」
昨日までの淡い色した現実とついさっき始まったモノクロの現実
「そうなりますね。」
その色はあまりにも違いすぎて気が狂いそうだった。