赤い糸
第2章 愛する人
怒りを隠しきれない俺と冷静に俺を見据える医者。
周りから見れば滑稽な光景だろう。
本当の彼氏が璃子の傍についてやることも出来ないんだから。
だって、俺は毎日事務所に顔を出す○○信用金庫の営業担当。その名も信金さん。
可もなく不可もなくただ経理のお姉さんと話して事務長に挨拶をして帰る人。
それに対してこの医者とは恋人役を熱演してきたほどの間柄。
怪我をして親身になってくれるコイツを一番先に見て頭の中がこんがらがってしまったのだろう。
あんなに愛を語り合い、身体中にオレを刻み込んだのに…
そのすべてが意図も簡単に崩れ去った。
…ふざけんな、人の女をあんな目に遭わせておいて
もう一度拳を握りしめヤツを睨み付けた。
*
長い沈黙のあと医者がフッと息を吐くと時は進み始める。
医者は睨み付けっぱなしの俺の目を哀れそうに見据えながら
「京介くん、この際だからはっきり言うけど…僕は璃子さんに好意を持っている。」
コイツは俺になんの恨みがあんだよ。
「でも勘違いしないでほしい、記憶が混同している彼女を利用してまで奪おうとは思っていない。奪うなら正々堂々と奪わせてもらうよ。」
ふざけるな…
コイツは俺と璃子の何を知っているというんだ。
俺たちは心を通わせてからまだ期間は短いけど、お互いを想う心を持ち寄って歩みより重ねてきたんだ。
俺に分がないのはわかってる。
でも、俺は初めて弾けるような笑顔を目にしたあの日から璃子だけを夢中で追いかけてきたんだ。
「望むところです。」
コイツに勝てる保証なんて一つもない。
でも…でもな
「俺が初めて惚れた女です。もし璃子が俺のことを思い出してくれなくても…そのときはもう一度…」
顔中クシャクシャにして笑う璃子は俺だけのものなんだ。
「俺に惚れさせてみせますから。」
俺だって正々堂々と璃子を守る。
「若いね…キミは。」
どうとでも言えばいい。
初めて惚れた女をそう簡単に手放してたまるか。
「じゃ、僕はまだ仕事が残っていますので…」
宣戦布告をした俺を置いて医者は白衣を風に靡かせて談話室を出ていった。
…何なんだよ
気が抜けた俺はネクタイを緩め崩れるようにテーブルに手を付く。
すると
「あの…」
きっと一部始終を見ていたであろう璃子のお母さんが談話室の入り口で深く頭を下げた。