赤い糸
第2章 愛する人
向かい合って椅子に座ると璃子のお母さんはタオルを握りしめながら
「本当に何て言ったらいいのか…ごめんなさい。」
さっきから何度も謝り続けてくれた。
「お母さん、俺は璃子が無事ならそれだけでいいんですって。頭を上げてください。」
本音と建前が入り交じる。
俺は璃子のお陰でこんな風に振る舞える大人になれていたのだと、こんな時なのに頬を緩めてしまう。
「意識を戻して京介くんに電話をしなきゃと思ったら 付き添っていてくれていた川野先生と随分親密に話しだしたの。」
お母さんの口から紡がれる言葉は具体的な璃子とのやり取りだった。
「それに違和感を感じて先生が席を外したときに何気なく京介くんの名前を出したら…私の顔を不思議そうに眺めて『ママは何の話をしているの?』って。」
その紡がれる言葉は血が昇っていた俺の頭をある意味冷静にさせた。
「お医者様の話しでは一過性の記憶喪失じゃないかって。」
記憶喪失か…
一度も使ったことのない言葉を今日はもう何度耳にしただろう。
…もう聞き飽きたよ。
でも、俺はこの現実に真っ正面から向き合わなきゃいけない。
「お母さん…」
そうでなきゃアイツとの色鮮やかな日々を取り戻せない。
「オレ、璃子がいないとダメなんですよ。」
格好つけてなんていられない。
「記憶が戻るまで…待っててもいいですか?」
どんなに恥をさらしたって自分に正直にならなきゃあの医者から奪うことすらできない。
「ありがとう…京介くん。」
璃子と同じ目をしたお母さんの瞳から涙が溢れる。
「どうか璃子を…見捨てないでいてやって…」
心優しい璃子のお母さんは璃子と同じく自分よりも他人に気を使える人。
「ありがとうございます。」
こんな素敵なお母さんだから璃子もいい女なんだな。
*
お母さんと病室に戻ると璃子は不思議そうな顔して俺を視界の片隅に入れた。
時折コメカミに指を添え眉間にシワを寄せるおまえを抱きしめたくても抱きしめられなくて、その小さな手を握りしめたくても握りしめられない。
医者に宣戦布告をしたのはいいけど俺はこれからどうしたらいいんだ?
惚れた腫れたじゃ記憶は甦らない。
大きな目を細めて笑うおまえを見つめながら考える。
なぁ、璃子…俺はどうしたらいい?
どうしてほしい?
やっと見えた現実に大きな溜め息が溢れた。