赤い糸
第2章 愛する人
「あの…」
…え?オレ?
「すいません…」
…まさか俺に話しかけてる?
「は、はぃ?」
ドアの前にいる俺に璃子はペコリと頭を下げた。
「お、お仕事帰りですよね…それなのにわざわざお見舞いありがとうございました。」
「あ…いゃ…」
涙が出そうだった。
大きな溜め息をついてしまった俺に璃子は気を使ってくれたんだ。
「そういうわけじゃ…でも、ごめんね。ちょっと大きすぎたね。」
「ウフフ。」
やっと微笑んでくれたおまえに導かれるようにベッドサイドにいる直也の隣に立った。
そして屈みこんで璃子の瞳を覗きながら
「野球好き?」
あの日あのとき、俺が初めておまえに伝えた台詞を唐突に言葉にする。
「や、野球ですか?」
「そう、野球。」
みるみると頬を赤く染めるのはあの日と同じ。
「き、キライじゃないです。」
…知ってるよ。おまえは野球をキライじゃない。
だから、俺は意を決して
「じゃ、治ったら見に来てくれない?もちろん美紀ちゃんと一緒に。」
こんな病室の片隅で誘ってみたりする。
「…えと…」
目を泳がせて手を口元に持っていき少しだけ上目使いで俺に視線を送る。
たかが信用金庫の営業マンに誘われたって迷うよな、困るよな。
でも、俺たち接点を作らないといけないんだ。
だから頼むよ。首を縦に振ってくれ…
そう願いを込めながら璃子の瞳に俺は笑いかける。
するとここで最強の助っ人が動いてくれた。
「あんたいつでも暇でしょ?一緒に行こうよ。」
それは俺たちの仲をすべて知ってる美紀ちゃん。
「でも…達也さんに…」
そか…アイツと付き合ってるんだっけ…
さすがに男の名前を出されたらと、諦めようと半ば諦めたそのとき俺の助っ人は迷うコイツを強引に
「行くよ!」
「え?」
「治ったら行くの!」
「ハ、ハイ!」
首を縦に振らせた。
持つべきモノは後輩の彼女さんだな。
俺はスッと小指を璃子の前に差し出して
「じゃ、約束ね。」
既成事実を作ろうとすると
「痛っ!」
「璃子!」
璃子は頭を抱え目をギュッと瞑った。
まるで発作が出たようにもがき苦しむコイツに俺は差し出した小指を引き下げる。
これが現実なんだ。
でもな、俺は今ちゃんと見たよ。
一瞬 小指が俺に向けられたとこ。
それだけで…それだけで十分だよな。