赤い糸
第3章 ネックレス
「なんかドキドキする。」
「みんな優しいから大丈夫だって。」
車の中からこんな感じだった。
何度も何度も通ったこの球場を璃子は覚えていない。
いつも京介さんの手を握りしめながらグラウンドまでのこの小道を歩いていたのに。
「ねぇ、これボールの音?あっ、誰か打った?あぁ~緊張してきたぁ…」
ボールの補給音に金属バットの音。
私なんか通い詰めすぎてそんな音に反応もしなくなっていたのに。
璃子は忘れてしまっているから新鮮なのかな。それとも耳の片隅にその音を記憶していた?
「ちょっと歩くの早いよ。」
璃子は私のコートの裾を握り後ろからチョコチョコと着いてくる。
「璃子が遅いの。」
グラウンドに近付くにつれて引っ張られる感じが強くなる。
「ねぇ、やっぱり私が行っていいのかな?」
「またそれ?」
「だって…なんかジロジロ見られてる。」
そか…みんな璃子の病状をわかった上で今日を迎えてるんだ。
箝口令が引かれていたとしてもみんなソワソワするよね。
私は不安そうな璃子の手をギュッと握り
「直也がスゴく格好いいから見てやってよ。」
強引だとはわかっていたけどスタンドへと続く階段を昇る。
…きっと大丈夫。
ほんの少しのきっかけになればそれでいい。
「ねぇ、美紀…聞いてる?」
聞こえてるけど聞こえないフリ。
だってここで立ち止まるわけにはいかない。
京介さんが…みんなが璃子を待ってるんだから…
いつもより長く感じた階段を昇りつめると
「わぁ!広いねぇ。」
初めて見たように璃子は瞳をキラキラと輝かせて球場を見渡した。
私はいつもお姉さま方が陣取る屋根付きの座席に目を向けると みんなこっちを見てコクコクと頷きながら柔らかく微笑んでいた。
ここから先はみんな璃子の味方。
璃子は覚えてないけどみんなちゃんと覚えてる。
「ねぇねぇ、直也さんどこ?」
まだ人に接していない璃子は上機嫌で最上段の端っこの席でグランドを見渡す。
「外野の…右側。ほら今手を振ってる!」
…京介さん
璃子を見つけた京介さんは直也の隣のセンターでしゃがみこんだ。
…連れてきたよ
京介さんは立ち上がると被っていた帽子を取り大きく振ってくれた。
「あ…信金さん…」
璃子の頬が寒空の下で赤く染まる。
さあ、始まったよ。
京介さん、あとは頼んだよ!