赤い糸
第3章 ネックレス
日本語に“感慨無量”って言葉がある。
意味は
『はかり知れないほど身にしみて感じること。』
俺は今正しく嬉しさのあまりこんな感情なのである。
「来てくれたんだ。」
「…す、すいません…本当に来てしまいました…」
俺の目の前にはユニホーム姿がやけに凛々しい京介さんと真っ白でフワフワしたコートを着た璃子ちゃんが向い合わせで立っていた。
その横をみんなが微笑んで通っていく。
「来てくれって頼んだのは俺でしょ?」
「は…はぃ。」
俯き加減で話す璃子ちゃんの瞳を覗くように京介さんは膝に手を付き姿勢を落とす。
視線が重なれば璃子ちゃんの頬はみるみると赤くなり目をギュッと瞑る。
…本当に忘れちまったんだな
嬉しさの反面、どうにもならない現実に小さな溜め息が漏れた。
*
コートの袖口を握りしめながら俯く璃子はまだ俺のことを思い出していないらしい。
コイツはさっき俺のことを“信金さん”と呼んだ。
出会って初めて会話したときと同じ、病院に営業で回っていたときの呼び名で。
…それでも良かったんだ。
だってコイツはあのときの約束をちゃんと守ってくれたんだ。
嬉しくて堪らない。
「えっ!ええっ!」
だからかな。前と同じように俺の野球の帽子を被せる。
で、この驚きよう。
「うん、似合ってる。」
「…へ?」
口をパックリ開けて俺を見上げ、首をちょこんと右に傾ける。
すげぇ抱きしめたい。息もつかせられないほど強く。
だって俺の体はコイツの柔らかさもぬくもりも知っている。
「可愛いね。」
「…へ?」
確か、この言葉も初めて会ったあの日に伝えたはずだから紡いでみる。
そして、
「高円寺璃子ちゃん…」
「は…はぃ!」
「俺の名前は森田京介。」
「きょ…京介…さん。」
「そう、よろしくね。」
俺の名前をその小さな唇に乗せてくれただけなのにこんなにも胸が熱くなる。
帽子のツバをヒョイッと上げて視線を重ねる。
吸い込まれそうなほどの大きくて潤んだ瞳は揺れている。
思い出して…一日でも早く
一分一秒でも早く…
「よ…よろしくお願いいたします… 」
ベコリと頭を下げるコイツの胸元
「え…」
…嘘だろ?
コートに隠れて気付かなかった。
「そのネックレス…」
着けてくれてたんだな。
ヤバイよ…涙が出そうになってきた。