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赤い糸

第4章 優しい心


璃子は紅茶を一口飲むと両手でカップを握った。

そして、俯きながら微笑むと

「京介さんと居ると居心地がいいんだけどスゴく苦しいの…」

やっと胸の内を口にした。

それは璃子が京介さんのことを大切に思っていた証だった。

「苦しいか…」

だから、居心地がいいのに苦しいんだね。

きっとその苦しみの根源は心のずっと奥の方。

璃子が大切にしすぎてしまい込んでしまった本心。

「私ね…京介さんとお話ししてるときに目の前にある大きな手に触れたいって思っちゃったの。」

本人に自覚がないのに求めてしまうものなんだね。

「ダメだよね…」

正当な感情を否定しなければいけない彼女の思考

「川野先生に申し訳なく思っちゃった?」

コクりと頷くと璃子は溜め息をついた。

優しい心の持ち主は急に抱きはじめた感情を理解できずに苦しんでいる。

ごく自然な感情なのに記憶喪失という不可思議な病に侵されている璃子には理解できないのだろう。

「お話したのだってまだ2回だよ?それなのにこれってダメでしょ?」

芽生えた感情を摘み取って

「逢わない方がいいんだよ。」

自分の気持ちに蓋をする。

璃子の悪い癖。

ねぇ…今の私に何が出来る?

戸惑い頬を濡らしはじめた璃子を見据える。

「いいんじゃない?」

私の考えは人の道に外れているのかもしれない。

「どうしてその感情を押さえ込むの?」

でも、それでもいいと思う。

「心にウソはつけないでしょ?好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。また逢いたいと思ったら逢えばいい。」

「…美紀。」

「人生はたった一度。璃子は我慢しすぎ。たまには自分の感情の赴くままに歩いてみたら?」

これは神様が与えた試練なんだって直也が言ってた。

この先二人が幸せになるための特別な試練。

「…っていうのは少し大袈裟だけど一期一会だよ。せっかく仲良くなったんだからその縁を大切にしてみたら?」

これが今の私に出来る精一杯

「一期一会…」

私は涙を拭う璃子を見ながら帰り際に京介さんと話した言葉を思い出す。

あなたの一番大切な人は今日、夕陽で頬を染めながら私にこう言ったんだよ

『思い出さなくてもいい。その時はもう一度俺を好きになってもらうから』

だから私はあなたに言う。

「京介さんはいい人だよ。」

ここに居ない直也たちの気持ちも込めて。

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