赤い糸
第6章 誕生日
「俺の肉も食うか?」
「じゃあ私のお魚もどうぞ。」
次の日、東京に戻ってきたその足で達也さんが予約してくれていたフレンチのお店へと向かった。
ホテルの最上階の大きな窓からは無数の光が織り成す世界が広がり
「お肉も美味しい!」
私の誕生日に花を添えてくれた。
「幸せ幸せ…」
この二日間、達也さんにベッタリだった私は最近の悩みなんか吹き飛ばしてしまうぐらいご機嫌で
「幸せなのか?」
「幸せだよ。こんな素敵なお店でお誕生日をお祝いしてもらって。」
頬を緩めっぱなしだった。
「ありがとう、達也さん。」
照明を抑えた店内でグラスを重ねる私たち
「少し飲み過ぎじゃないのか?」
「ダメですか?」
グラスの中のゴールドの飛沫が弾けるように私の心もアルコールの力を借りて解放される。
「私…寂しかったんだよ?」
「悪かった。」
「そんなこと思ってないくせに。」
日頃の鬱憤を口にしてしまう私はまだまだお子様なのかもしれない。
「思ってるよ。」
「ウソ。」
でも、こんな風に頬を膨らませたのはどのぐらいぶりだろう。
「機嫌直せって。」
…待って。この前食事したのはいつ?
また記憶が曖昧なことに気付いてしまった。
…思い出せないほど放って置かれてない?
それは彼が忙しすぎるせいなのか アルコールのせいなのか
「私…この前何食べたか覚えてないぐらいだよ?」
「俺は覚えてるよ。前回は焼き肉だった。」
「いつ?」
「ほら、璃子にアメリカ行きを打診した日だよ。」
「あ~。」
何となくだけど覚えている。
確かあの日、落ち込んでいた私は大盛りご飯を食べさせられて…
「答えは出た?」
「まだ…もう少し待って。」
達也さんが実力でもぎ取ったアメリカ研修。その右腕になってくれないかって打診されたっけ。
「夏に行く予定が少し早まりそうなんだ。出来れば早めに答えがほしいんだけど。」
達也さんはコーヒーをクルクルとかき混ぜながら私の瞳を覗き込む。
「私に勤まるかな…」
「俺の右腕は璃子だけだと思ってるよ?」
テーブルに置かれたデザートプレートにはチョコレートで書かれた“Happy Birthday”の文字。
そしてもうひとつテーブルの上に差し出されたのは
「どうする?一応取っておいたけど。」
このホテルのルームキーだった。