赤い糸
第6章 誕生日
「…私が決めるの?」
最近のオレはずいぶんと卑怯な大人になってしまったらしい。
差し出したホテルのルームキー
「璃子の誕生日だろ?」
そこに泊まるかどうかを璃子に委ねるなんて
「そんな…」
璃子の首がどっちに動くかで今夜の俺たちが決まる。
本当にズルい大人になっちまった。
デザートプレートには名前入りのHappy Birthday。
本来ならアクセサリーの1つでもプレゼントするべきなのに 俺はそれさえも躊躇した。
コイツの記憶が蘇ったときに少しでも笑い話になるようにと。
矛盾してるよな。
大人のふりして野球好きの兄ちゃんが一番輝くであろう空の下に行くように仕向け 忘れてしまった記憶を蘇らそうとしたり
「どうする?」
こんな形でルームキーを差し出したり
正々堂々となんて力説しながら一番卑怯なことしてる。
この学会に旅立つ前に璃子の親友である美紀ちゃんから近況を聞いた。
そしたら、璃子は俺との甘い時間を求めているのと同時に全く記憶のないアイツに自然と心を奪われ始めているとのこと。
本能ってやつなんだろうな。
体とは別に潜在意識が動き出してんだろう。
そして、その心の変化に璃子は胸を痛めてるとも言ってた。
「俺はどっちでもいいから。」
さあ、そんなおまえの前に今ルームキーが置かれてる。
俯き前髪を弄るおまえは今何を考えてる?
「…。」
この腕のなかで甘い夜を過ごす覚悟はできてる?
それとも 芽生え始めた恋心がおまえの心にストップをかけてくる?
まるで天使と悪魔。
俺はテーブルに両肘を付きさっきから目を瞑る璃子の瞳をまっすぐに見つめる。
「あの…」
やっと顔を上げた璃子はか細い声で
「今朝からその…きちゃって…」
申し訳なさそうに肩を落としながらに言葉を紡いだ。
「フフっそか。」
なんでだろ。俺が仕掛けたのに心のどこかで安堵してる。
そりゃそうだよな。俺たちまだ一度とキスはおろか体も重ねてもいない。
俺は笑いながらカードキーに手をかけると
…違う
その返事がウソだと気付く。
「璃子…そろそろ楽になったら?」
…ダメだな。俺はオトコである前に一人の医者らしい。
「川野先生…」
コメカミを抑えながら頬に一筋の滴をまっすぐに落とす璃子は
「ゴメンナサイ…」
俺ではない誰かを瞼の裏に見ていた。