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赤い糸

第6章 誕生日


達也さんは泣き続ける私を取ってあった部屋へと連れてきてくれた。

「ゴメンナサイ。」

「いいから。」

彼は窓際のソファーに、私はベッドへ座り心が落ち着くのを待った。

この部屋に入って私は彼の優しさに触れる。

川野先生は最初から私をここに連れてくる気はなかったんだと

だって、この部屋はいつも先生が学会で利用するような色気も素っ気もないシングルベッドが二つ並ぶだけの部屋。

間違っても誕生日の私と愛を確かめ合うような部屋じゃない。

だから、もし私があのとき首を縦に振っていたとしても彼は理由をつけてこの部屋には通されなかっただろう。

…じゃあ教えて。

お付き合いしてるのに指一本は愚か甘い言葉ひとつ紡いでくれなかった理由を

それは今も悩まされている頭痛と関係あるんでしょ?

低層階の夜景を眺める先生に

「教えて下さい…」

小さな声で言葉を紡ぐと

川野先生は立ち上がりゆっくりと歩き出し 私が座るベッドの前にしゃがみ込んで

「もっと、早くに話しておけば良かったな。」

私の手を優しく撫でてから握ぎりしめて

「聞きたくなくなったら途中でやめるから。その時はこの手を振りほどいて?」

頷く私を真っ直ぐに見据えると まるで私の緊張を解きほぐすように下から優しく微笑んで

「おまえは事故に遭った時に頭を強く打って…大切な記憶を無くしてしまった。」

ハッキリと隠すことなく伝えてくれた。

「そか…」

やっぱりね…なんとなくだけどそうなんじゃないかって思ってた。

だって私の心のなかには酷く大きな穴が開いていたから。

「先生は私との恋人ごっこに付き合ってくれてたんだ…」

「ゴメンな。」

落ち続ける涙は先生の手の甲を濡らすけど 先生は構わず話を続けた。

「おまえの記憶はもしかしたらすべて蘇らないかもしれない。」

「そんな…」

「聞け。」

初めて聞く話に私の心は動揺するけど、握られている手から伝わる先生の想いがその心を静めてくれる。

「だからだ。おまえは自分に正直に生きろ。誰のためでもない自分だけのために。そうしたら答えは自ずと出るはずだ。」

先生はこれ以上は教えてくれなかった。

まるで突き放すように自分の道を進めと言う。

でも、ずっと繋がれていた手はいつまでも暖かく

「誕生日おめでとう。幸せになれよ。」

私に寄り添ってくれていた。

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