赤い糸
第7章 サクラ
「長谷川さんの奥さんの…幸乃さん。」
この場所に一人できたのにはもちろん理由がある。
「高円寺璃子です。」
私の大切な記憶を探すために
「よろしくね。」
「よ、よろしくお願いします。」
意を決してここまで来たんだ。
京介さんはいつものように屈み込み 頭にポンと手を置くと
「シャワーダッシュで浴びてくるから絶対に帰るなよ。」
どうしてだろう
「はい。」
京介さんに言われると“ノー”とは言えない私がいる。
…大丈夫。今日も痛くない
初めて会った頃は触れられる度にコメカミの奥に電気が走った。
けれど、二人で夕陽を見たあの日から痛みがだいぶ治まった。
それは私の方が彼に触れたいと思ったから?
触れられた髪に自分の小さな手を乗せてみる。
…変なの
スゴく嬉しい。
「ウフフ…」
「あ…す、すいません。」
幸乃さんに見られた。
「璃子ちゃん顔真っ赤だよ。」
「いや、その…」
私としたことが…この人が傍にいるとわかっててあからさまに頬を染めてしまうなんて
「大丈夫。京介くんには内緒にしておくから。」
「いや!そういう訳じゃ…」
「ハイハイ。」
この人はどうしてこんなに優しく微笑みながら
「…良かった。」
「あ!ゴメンナサイ、スイマセン!私何かしちゃいました?」
涙を流しているんだろう。
「ゴメンね。花粉症なの…」
「えと…これ使ってください。」
バックの中からタオルとティッシュを差し出す。
「優しいね、璃子ちゃんは。」
もしかしたら幸乃さんは私のことを知っているのかもしれない。
いや…ここにいる人たちはみんなが私のことを知っているのかもしれない。
ここ最近どこに行ってもそう思ってしまう私がいる。
「璃子ちゃん。」
「は、はい!」
私の隣に座ってくれた幸乃さんは涙を拭いながら
「来週の試合はスタンドで一緒に見ない?」
一人で見ていた私を気に掛けてくれる。
「いいんですか?」
「もちろんよ。みんなで応援しましょ?」
…みんな
記憶喪失の私が大きな一歩を踏み出す。
「はい!お願いします。」
「ふふふっ。璃子ちゃん大袈裟よ。」
いつも誰かの後ろで順番を待つ私は、大袈裟なぐらいがちょうどいい。
「お待たせ~…ってなんで幸乃さん泣いてんの?」
「だから、花粉症!」
行くよ!アタシ!