赤い糸
第7章 サクラ
「決まりました。」
壁一面グルリとメニュー札に囲まれたこの定食屋さんを
「おまえもう決めたの?」
「はぃ。」
選んだのには理由がある。
「なに?」
「京介さんが決めたら教えます。」
「じゃあ…今日はしょうが焼きにする。で?」
それはね、京介さんが独り暮らしをしてるとを聞いたから。
「私は野菜炒めにします。」
「野菜炒め?」
「はい、野菜炒め定食です。」
京介さんがこのお店の常連だと聞いた。
そして、お料理をはじめとした家事全般が苦手だってことも聞いた。
「オレ、子供じゃねぇから一応野菜食ってるよ?」
「いいんです。今日は私が野菜炒めの気分なんです。」
お節介かなと思ったけど食事はこのお店かコンビニ弁当ばかりなんでしょ?
それなら私と半分こにすれば野菜も食べれるかなって。
「じゃ、今日はしょうが焼き野菜炒め定食にするか。」
なんでだろ…放っておけない私がいた。
「ヤバ、めっちゃ飯が進む。」
今日も私のご飯を絶妙なラインまで掬い上げ超大盛りにして箸を進める彼と
「やっぱ、野菜食べなきゃダメだな。」
「そうですよ。ちゃんと食べてください。」
二人で同じものを食べて心を共有して自然に芽生える感情は
…この人が忘れてしまった彼だったらいいのに
っていう 甘い感情。
『彼だったの?』と聞いてしまえば早いかもしれないけど違っていたら迷惑になる。
だって、この人はメチャメチャモテ男さん。
いつだって黄色い声援を浴びて周りには女の子がたくさん居て
こんな寂れた店に最初から連れてこられる私なんか眼中にないと思う。
きっと、事故を起こして記憶喪失になってしまった後輩の彼女の親友として優しくしてくれるだけのこと。
「あのさ、頼みがあんだけど。」
「何ですか?」
でもね、わがままな私はこの心地よさを手放したくないって思ってる。
「今度 俺んちに飯作りに来てよ。」
「…え?」
「カレー食いたいんだよな。」
お付き合いしていた人には悪いけど…
「ダメかな。」
“一期一会”
京介さんといると自分の気持ちに正直に生きたいと思う。
「じゃあ…優勝したら。」
今日の私は何歩前に進むつもりなんだろう。
「マジ?!ヨッシャ!」
いいか!高円寺璃子!
「聞いてます?優勝したらですからね!」
進めるだけ進んじゃえ!