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赤い糸

第8章 タイミング


「優勝おめでとう、京介。」

私はどうもこの人を好きになれない。

「あれ~璃子ちゃんは?」

それはあの一件があったからではなく

「トイレ?」

いつまでたっても自分の方が京介さんに相応しいと思ってるその態度。

「まさか彼氏の活躍を見に来てないの?」

そりゃあなたは誰が見たって綺麗ですよ。

だから京介さんの隣に並べば画にもなる。

お子さまサイズの璃子なんか目じゃないぐらいに。

でもね、京介さんはこの容姿端麗な美女よりも

「用事があって帰ったんだよ。」

いつでもあったかい気持ちにさせてくれる璃子を選んでくれたんだ。

「ふぅん…じゃあ祝勝会にも来れないんだ。」

ホント、イチイチ腹が立つこの物言いに私は肩が動くほどの溜め息を漏らす。

「おまえには関係ないだろ。」

わからないのかな。

去年の球納めの日に京介さんはみんなの前で璃子をお披露目した。

それも、かなり堂々と。

あの日を境に璃子は魔女と呼ばれるお姉さまたちにも可愛がられ この野球チームの一員となったのに

「っていうか」

京介さんは舌打ちしながら私の一歩前に出るとハッキリとした口調で

「おまえ何しに来たんだよ。」

冷たく言い放った。

これは京介さんがスイッチが入った瞬間。

腕を組み顎をクイッと上げてまるで見下すようなその姿勢。

「応援よ。決勝戦だもの。元マネージャーとして来るのは当然でしょ?」

髪をかきあげながらニコリと笑うその微笑みに私は天を仰いだ。

璃子は具合が悪くなって正解だったのかもしれない。

この勢いじゃ何をされるかわかったもんじゃない。

「京介さーん!シャワー空いてますよー!」

この空気を読み取った直也が声を掛けたところで殺伐とした空気は遮断されたけど

「バック持っててあげようか?」

「触んな。」

ホント、懲りない人…

京介さんはバッグを持ち上げると帽子を目深に被り更衣室へと歩き出したので、私も魔女たちの方へと足を進めた。

でも、私はここで立ち去ってはいけなかったんだ…

何も気付かなかった。

違うか…気付いてあげられなかった。

記憶を無くした璃子が懸命に自分の足で立ち

誰の力も借りずに自らの意思で京介さんに手を伸ばしたのに

親友?元カノ?…聞いて呆れる。

あの娘は自分の幸せを後回して心に蓋をする名人だと誰よりも知っていたのにね。

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