赤い糸
第10章 壁
ピーッピーッ…
「ハィハィ~」
コイツは気づいてるのかな。
パタパタパタ…
「洗濯洗濯…」
この部屋に入ってから休むことなく動き回っているって。
「えと…」
「はい、ハンガー。」
「ありがとうございます。」
洗い上がった洗濯物をベランダの脇において
「乾くかな…」
春色の空を見上げるおまえは本当に記憶を無くしてるのかと疑いたくなるほど俺の部屋を動き回っていた。
「璃子?」
「あ、ゴメンナサイ。これ干したらすぐに焼きそば炒めますから。」
言葉尻に音符を走らせながら、Yシャツを一枚一枚丁寧にシワを伸ばし背伸びをして物干し竿にかける。
「いいよ、のんびりやりな。」
この一連の流れもあの日と何も変わらない。
*
洗濯物を干し終えた私はキッチンに立った。
「いただきまーす!ん!うまい!」
「大袈裟ですよ。」
京介さんは市販のただ炒めただけの焼きそばをスゴく美味しそうに食べてくれた。
「いや…マジでおまえの味がする。」
「…。」
そう、京介さんは私の知らない過去を知っている。
でもね、この部屋に来て私は京介さんの彼女だったんだってやっと実感した。
「んぐぅっ!」
「ちょっと!京介さん頬張りすぎです!」
小さな食器棚の中から当たり前のようにコップを取り出して水を注ぎ京介さんに渡す。
「プハーッ!死ぬかと思った。」
この部屋に来た記憶はないけど
「もっとゆっくり食べてください。」
体は覚えていた。
部屋に入った瞬間に大量に積まれているYシャツを見たのがスイッチだったのかもしれない。
気付いたら私はブツブツ小言を言いながら洗濯機のスイッチを押していた。
「これ…着る?」
そして、京介さんからエプロンを渡されるとスーパーで買ってきたもの冷蔵庫に入れてカレーとお昼ご飯用の焼きそばの下ごしらえを始めた。
「お塩お塩…あった。」
指先がまるでタクトを振るようにスムーズに作業をする私。
彼との記憶は無いけれど 体はしっかりと覚えていて
「手伝おうか?」
「大丈夫です。ゆっくりしててください。」
「じゃ、仕事やっちゃおうかな。」
私の心から戸惑いを少しずつ拭い去られていた。
…あ
そして、この時にずっと瞼の裏に映し出された画像は
…そういうことか
京介さんの家だったのだと知った。