赤い糸
第10章 壁
「はい、コーヒーどうぞ。」
「おぅ、サンキュ。」
遅いお昼を終えた京介さんは残りの仕事を片付けてしまうとまたパソコンに向かいはじめた。
「さてと。」
私はその時間を利用して掃除をしながら、やっと謎が解けた瞼の裏の画像の答え合わせをはじめた。
…ここも
Yシャツが山盛りだった洗面所、それを干してあったカーテンレール
…これもか
キッチンになぜか鎮座しているロウソクで出来たクリスマスツリー
「こんなにたくさんあったんだ…」
記憶を無くしたはずなのになぜか覚えている、感情を兼ね備えていない無機質なモノたち。
この部屋に入ってすぐに洗面所に目が行ったのはこういうことだったんだって
私はこの家に来ると掃除や洗濯を率先してやっていたんだ。
…それはどうして?
彼のため?それともやらされてた?
洗面所のピンク色の歯ブラシを見つめながら答えを探すけど
…わかんない
感情が思い出せない。
画像は場面場面を切り抜くように私の脳内に残されているのに…
*
春の風にのってすぐに乾いたYシャツを取り込んで私はまだ開けていないドアを開ける。
…寝室ですか
大きな京介さんが一人で寝るにはちょうどいいセミダブルのベッド
きっと彼の愛を受け入れてたベッド…
Yシャツをクローゼットの中に掛けてから起き抜けのままのベッドを見据える。
「せっかくだから干せばよかったな。」
もう陽が陰りはじめた今では湿気を帯びてしまうから
…ガバッ
空気を含ませるようにわざと大きく布団を舞わせて整えると
「あ…」
…コトン
勢い余ってサイドテーブルから何かが落ちた。
「いけないいけない。」
その落ちたものを拾い上げると
「嬉しそうだな。」
私の頬を一瞬で緩ませたのは一枚のツーショット写真。
頬を染めてレンズに向かって微笑む私。
「好きじゃなくて…大好きだったんだ。」
写真の中の私は今の私には無い感情を纏ったもう一人の私。
「こんな写真飾らないでよ。」
私はその写真を胸にギュッと抱きしめて少しでもその想いを感じたいと願う。
「璃子ー!鍋が噴いてるぞ!」
「あぁっ!今いきます!」
早く思い出さなきゃ…
そうじゃないとこんなに大切にしてくれていた京介さんに申し訳ない。
だって写真の中の京介さんは私の頬に笑いながらキスをしていたから。