赤い糸
第10章 壁
「…あの。」
目一杯スプーンにカレーをのせてパクリと頬張った京介さん。
「どうですか?前と違います?」
その最初の一口を確かめるように目を瞑って口を動かす京介さんの反応が気になってしかたがない。
「うん…」
ゴクリと喉仏を動かすと
「すげぇ旨い。」
と 満面の笑みを浮かべてくれた。
「良かった。」
このカレーはママの味に私が少しアレンジをしたもの。
ニンジンを丸々一本すりおろし 辛口のルーに甘さをプラスしている私のオリジナル。
「あの…この味でした?」
でも、不安になるもの。
たとえ 美味しくったって京介さんが求めていてくれたのは 甘い記憶があるときに作ったカレーライスの味。
恐る恐る聞いてみると
「これだよ。璃子の味がすんもん。」
お昼を食べたときもそうだった。
京介さんはただ炒めただけの市販の焼きそばさえも私の味がすると言ってくれた。
「おかわり!」
まだ私なんて一口しか食べていないのに京介さんはまるでヤンチャな男の子みたいにカレー皿を差し出す。
「あの…私の味ってどんな味ですか?」
さっきと同じぐらい大盛りによそったカレーを京介さんに渡しながらそう問うと
「俺が大好きな味。」
ニカッとイタズラに微笑んでまたスプーンをせっせと動かし始める。
思い出せないけどなんとなくわかる。
きっと私はこの人のこの笑顔が見たくてお料理をしていたんだって
「今日は洗濯も掃除もありがとうな。」
気持ちが通じたのかな。
彼のために何でもしてあげたいって心の底から思ってたんだと思う。
記憶を無くして感情さえ忘れてしまった私でさえも そう思っているのだから。
「またいつでも呼んでください。お洗濯もお掃除もやりますから。」
でもね、あなたは時折そうやってすごく寂しそうに私を見つめる。
「何にもしなくていいから来てよ。」
「…え。」
「来て。んで、俺の傍に居てよ。」
一瞬 その視線から目を離せなくなる。
「…はぃ。」
そう答えるしかなかった。
だって あなたの瞳は揺れて切なくて
「なーんてな。もう一杯食っちゃおうかなぁ。」
記憶を無くした前の私を探してた。
「ま、まだ食べるんですか?」
私はまだ半分も食べていないのに
「食うよ。ぜーんぶ食う!」
あの頃の記憶の半分も…いや、全く思い出せていないのに…