赤い糸
第10章 壁
「ゴメン…」
今のコイツにキスをするのはまだ早かったのかもしれない。
でも、でもな…言い訳になるかもしれないけど
「ゴメンな。調子に乗りすぎたよ。」
本当に重ねたっていうか、触れただけ。
忘れてしまっているとはいえこの部屋に入ってからのおまえを見てると思い出してくれたんじゃないかって錯覚してしまうほどで
「…ううん、違うの…」
そしたらなんだかスゴく愛しく思えて俺の気持ちひとつで重ねてしまった。
いくら好きだといってくれても今の璃子は恋愛初心者の頃の何も知らないおまえで
「違くないだろ?」
おまけに心だってどこまで俺に向けられてるかわからない状態
この涙を見ると
…やっぱり思い出してねぇか
俺の胸にある璃子を想う気持ちをギュッと握り潰された気がした。
璃子を抱き寄せていた腕を緩めて俺はソファーの下へと座り込み
「ダメだな…おまえを前にすると理性が効かなくなるみたいだ。」
距離をとる。
泣かせたくてここに連れてきた訳じゃないのに…
「ゴメン。」
謝りたくて連れてきた訳じゃないのに…
「本当に違うの…」
コイツに気を使わせてる時点でダメだろ。
高く高くそびえ立つ壁を乗りきれる術は俺には身に付いていないらしい。
「コーヒー淹れるよ。」
立ち上がるために俺の袖を掴んでいる華奢な手を離そうとすると
「行かないで…」
璃子はまだ涙を流しながら俺の目をじっと見据えた。
*
ちゃんと言わなきゃって思ったら自然と彼の洋服を掴んでいた。
「なに、どうした?」
京介さんはソファーに座る私と向き合う形で床に胡座をかいて座り、両手を握りしめ微笑んでくれた。
この笑顔を触れると思うんだけど
「じゃ、ここにいる。」
心が穏やかになっていく。
だからちゃんと伝えなきゃって思った。
「私…忘れてませんでした。」
「ん?」
記憶のない私を見守ってくれている彼に
「京介さんの唇…ちゃんと覚えてました。」
「…え。」
「スキとかキライとか、恋愛感情は何も思い出せないんですけど…その冷たい唇だけは覚えてました。」
だってその唇は
「私、京介さんの唇しか知りませんから。」
「おまえなぁ。」
冷たいのにあたたかくて
「それは反則だろ。」
「え!…ワアッ!痛いですって!」
重ねるとお話ししてるみたいだって思ったから。