貴女は私のお人形
第8章 だから世界の色が消えても、
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「何で隠れたんだろ、私」
あずなにつられて息を潜めていた里沙が、続いて幹の陰を出た。
「恥ずかしかった、から?」
「うーん……多分」
初々しい恋人達は、そのくせ濃密に暫しの別れを惜しんでいた。
あずなに平静を装っていられる自信はなかった。第一、里沙が一緒だ。意識しなくて良いところまで意識する。
「田中さんの話、里沙どう思う?」
無理矢理に話題を転換して、小川の脇に屈み込む。
川底の砂利まで透かした水は、綺麗だ。日没してもその清澄さを失わない。果てなく流れていく様を眺めていると、心が落ち着く。
何者にも汚されないで、濁っていない。
…──里沙みたい。
触れることさえばちが当たるような水面に指先を浸す。
「信じたい話ではないわ。あずなはどう思う?」
濡れた手先を持て余していたあずなに、里沙が半巾を差し出した。
白いレースの縁取りの、肌触りの好い白いパイルで手を押さえながら、思考する。
同感だ。ノゾミの仮説はあずなも信じたいものではない。だのに端から否定してしまえないのは何故だ。
田中ノゾミ。
参加資格を蔑ろにして男子禁制のツアーに乗り込んだ図々しい男が嫌いだ。
ゴシックロリィタの姿をして、わざとらしく女を気取る、彼の真意が分からない。無職だと自称しておきながら、上司や部下に土産を買っていた、彼は本当は何者か。
リュウが消えて、すずめが消えた。とうとう今朝、この宿泊企画『乙女の避暑』の企画運営を補佐していた澄花まで消えた。
ノゾミだけが、彼らは帰ったのではない、妖精に魅入られたのだと言った。行ってはならない世界へ逝ってしまったのだと。
あずなに、一人で出歩くなと忠告した。