貴女は私のお人形
第7章 きっとそれは満たされたこと
どちらからともなく体力が尽きた頃、月の化身の所どころに血が滲んでいた。白い身体に傷を付けたくなかったが、さもなくば、聖音は本気で、純に殺されなければ気が済まなくなっていたかも知れなかった。
…──純。
聖音の抱き枕にされていた純は、仰向けのまま黒目を動かした。
無邪気であどけない、いつまでも少女のようだったはずの聖音が純に微笑んでいた。
聖音は変わった。
赤の他人に桎梏されるようになってから、会う度に儚さを増す。少し前まで純と肩を並べていた彼女は、幾分、大人びていた。
永遠に変わらないものはない。
あるとすれば、聖音を想う、純の魂ただ一つだけ。
純は恋人を見つめていた。
『もし、私に子供が出来たら』
『──……』
『名前は、貴女に決めて欲しい』
冗談じゃない、と思った。
天地がひっくり返っても、世界が終焉を迎えても、聖音が身ごもるはずがない。
一笑に付したかった純に引き替え、聖音の瞳は少しも笑っていなかった。
『それからね、純』
『聖音……』
もう一つ、お願いがあるの。
あの時イエスと答えていなければ、純も聖音も、もう少しましな未来を迎えていたか?
何故、聖音が本気だと分かっていて、純は頷いたのだ。
何故、聖音の無理難題に、頷いたりした。
今振り返るとあの夜こそ、取り返しのつかない悪夢の始まりだったのかも知れない。
『パペットフォレスト』の立ち入り禁止区域、森の奥深くの沼の畔に純はいた。
白い花にめかしこんだ盛り土が、月明かりに照らされていた。
花籠のようなそれの前に膝をついて、純の追憶に現れるのは美和聖音。乙愛にまるで瓜二つの、美しい少女の面影が、目蓋の裏にありあり浮かぶ。
「ごめんね……聖音……」
彼女と、きっともう同じ場所へ行けない。
綺麗なあの手に、触れられない。
「さよなら」
思いは、夜風に掠れてさらわれる。