幸せの記憶
第1章 ☆幸せの記憶
縁側に掛けた簾が風で微かに揺れて。
梅雨が明け、簾の隙間から見上げた空は青く、今年の夏ももうすぐそこまで来ているのを感じた。
祖母は今年の始めに他界してしまい、躯が効かなくなってきた祖父は介護付き有料老人ホームに移り住んでしまった。
この家はどこもかしこもばぁちゃんの存在が染み着いていて、懐かしい香りに溢れていた。祖父は、祖母がいないこの家でひとり暮らすが辛いせいもあったんだと思う。
祖父母の住みかであった―――父の実家であるこの古民家に、僕が引っ越してきて三年が過ぎて。
祖父の後を継いで始めた書道教室も最近やっと軌道に乗りはじめて。それは祖父に師事していたお弟子さん達の協力が大きいのだけれど、恋と夢に破れた負け犬の僕は、この地で少しづつ生活の基盤を固めつつあった。
二人の主が不在な今、僕がこの家の主人だ。
だから家の管理は僕がするしかなく、夏を目の前にし、ここ二週間程かけて祖母が良くやっていた家の仕事を思い出しながら行っていた。
僕をこの家に受け入れてくれた時には、すでに祖母の体調はあんまり良くはなかったけれど、自宅でのんびり暮らせる程度で。
僕は良く祖母を手伝っていたのだ。