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貞勧

第1章 貞勧

また、お吉ばかりが人々の恨みを一身に背負ったのは、妹分のお福をかばうため、自分ばかりが目立つように輿入れをして、お福は目立たぬように輿入れができたからである。

ハリスはお吉の想像に反して紳士であり、お吉にはとっても優しくしてくれた。

散々自分を抱いておいて、あっさりと何事もしていないと言い放ち、自分が金と侍に目が眩んだくせに金に目が眩んだお吉に捨てられたと言いふらす鶴松には失望した。体を重ねたことは強姦されたに等しい。

ハリスに抱かれていると、もう男なんて信じないと凍てついていた心を再び温かくしてくれるようであった。

ハリスは一度たりともお吉が生娘であるかなど気にしなかった。

みんなの心ない仕打ちがあってもお吉が下田の海や街が好きな気持ちに変わりはなかった。

下田への愛情たっぷりにあちこちを紹介してくれるので、ハリスはお吉と下田の街を歩くのが好きだった。

チリリ~ンと街のあちこちから鈴の音が聞こえてくる。その涼しげで優しい音色がハリスは好きになった。

「これは何ですか?」とハリスが訊ねるので、「これは日本の風鈴にございます」とお吉は教えてあげた。

「オー、風鈴、素晴らしい」

ハリスはすっかり風鈴が気に入って領事館にも風鈴を置くことにした。

領事館にはお吉の部屋も用意されていたので、ハリスとお吉は風鈴をひとつずつ持って用がある時は風鈴を鳴らして呼び合うことにした。

下田奉行所で伊佐と鶴松にハリスの元へ行くように説得されてからお吉は風鈴の音色が嫌いであったが、ハリスに愛されるうちに風鈴の音色が好きになっていた。

涼しげだけど美しい、そして温かい音色だと思えるようになっていた。

ハリスの日本での仕事は非常に多忙なものであり、お吉との時間だけが唯一の癒しであった。

ある時、お吉とラム酒を楽しんでいると、過労が祟ったのかハリスは血を吐いて倒れてしまった。

お吉は血相を変えて下田の街まで走り、医者を呼び、医者の指示どおりにするために約2週間ほとんど寝ずに看病して薬もきちんと飲ませた。

お吉の必死の看病のおかげでハリスは病気を治すことができ、お吉にはたいそうな感謝をした。

また、ハリスの看病をする際にはお吉は当時としてはご禁制だった牛乳を手に入れるためにあちこちを駆けずり回った。

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