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貞勧

第1章 貞勧

このことは下田奉行所の知るところとなり、ご禁制を破った罪でお吉を捕らえる騒ぎになった。

当時の日本では牛の乳が人間の飲むものとは思われていなかったのだ。

牛乳を買うお吉はやはり鬼畜だ、唐人だ、人間じゃないと罵られた。

牛の乳というのは体にもよく、どこの国でも牛の乳を飲み、牛の肉を食べるとハリスが酪農を日本に進めたおかげで、お吉は下田奉行から牛乳買付許可を認められることになる。

意外なことに我が国最初の牛乳取引は下田に始まり、今では大手乳製品会社の森永乳業も下田に開業をした。

ハリスが江戸に赴いた折りには秘書として随行するなど、ハリスの寵愛を受けたお吉は幸せであったが、ハリスが日本での任務を終えて帰国すると、人々のお吉への仕打ちは酷くなるばかりであった。

お吉は下田を離れ、京都、江戸などで芸妓として流れ歩くが、25歳の時に横浜で運命の再会をする。時代は明治へと変わった年だ。

横浜で鶴松と再会したお吉は、泣いて詫びる鶴松を許し、再び鶴松と同棲することになる。

ハリスが帰国してから誰にも許さなかった体を再び初恋の相手鶴松に預けることとなる。
鶴松はあの頃のままに優しかった。

明治4年、31歳になったお吉は鶴松と一緒に大好きな街下田に戻った。

下田に戻ったお吉は髪結店を開店した。
文明開化を迎えた日本では外国的な髪型がブームとなっており、そんなニーズに応えるお吉の店は行列ができる大人気店になった。

しかし、心ない人々はそんなお吉の幸せを許さなかった。

外国的な髪型になった娘の手にかぶれ薬を塗って、手がかぶれたのをお吉のせいにした。

唐人の店になど行けば手が腐る、唐人の頭にして魂までも唐人に染めてしまう悪女だとお吉を罵り、客が来ないようにしてしまった。

そんな生活が厭になった鶴松もお吉を責めるようになってふたりの仲も劣悪になっていった。

鶴松は、そもそもはお吉がハリスに見初められたのが悪い、お吉に隙があったとすべてをお吉のせいにして罵った。

お吉は、鶴松が自分を売るようなことをしてまで侍になったのに、侍を続けることもできなかったていたらくなことを非難した。

侍を続けられなかったのは自分に堪え性がなかったせいなのに、それもお吉のせいにして罵ると有り金を全部盗んで鶴松は出ていった。

それからふたりは二度と会うこともなかった。

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