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ペンを置いた日

第2章 初めての気持ち

だん、だん、だん、だん。
階段を足音を鳴らして上がる。
だん、だん、だん、だん。
そして自分の部屋、アトリエとして使っていた実家のあの部屋の前へと、立つ。
未練がましくも持っていた、週刊誌への持ち込み原稿や賞への応募の通知などを鞄へ詰めて、扉の前で息を整える。

妹に言われた言葉、彼女を傷つければいいと。
もう一度、きっぱりと。
漫画家になる夢は諦めたと言ってあげればいいんだと。
そうすれば彼女はきっと消える。幻覚であれ、そうではなくとも、消えるだろう。
男は妹の言葉を鵜呑みにして、ここまでやってきたはいいものの、少女を傷つけるのには心が痛む。
そしてなにより、勿体無いなんて心がある。
漫画家になりたい未練が残っていて、男のどこかでその夢を諦めていない。そんな自分の心に嫌気がさす。
男は心の中のものをすべて吐き出すかのように大きく息を吐いた。
溜息は幸せを逃すのなら、男はおそらく、もう幸せなんてものを手にできないだろう。

部屋の扉を三回ノックする。

「...いるか、いたら返事をしてください」

男の言葉に、部屋の中から扉が開かれる。
数時間前に見たはずの少女の顔は、目の下が赤くなっていた。
男は、少女に目を合わせないようにしながら彼女に、漫画家になる夢を諦めたと、告げた。
少女は、怒った。

「どうして、どうして、どうして。どうしてあなたはそんな風に嘘を吐くんですか!! どうして自分の心に正直にならないんですか!!」

少女は男の腕を掴み、男の目を見つめる。
その瞳には、涙が浮かぶ。

「私、知っています。あなたが他のことをする暇も惜しんで漫画をひたすら描いて努力していたことを!! それは漫画が好きだったから、好きだったからこそできたことではないんですか!! どうしてその努力を無に翻してまで嘘を吐くのですか!!」

「うるさい!!」

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