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Hello

第44章 可愛い人は *山


Satoshi



「五秒はないでしょ」


ゲームオーバーまでの時間が短すぎる、と、そう小さくからかったら、翔くんは、面目ない、と、ばつが悪そうに照れ笑いした。


俺は、左手を振り、てんてんとヨーヨーをたたく。
中身の水がチャポチャポ鳴って心地よい。
こんな感触、幼い頃以来だ。

右手は翔くんの手と、また繋いでる。
絡めた指が温かい。
きゅっと力をいれたら、握り返してくれるのも、また嬉しい。


恋人同士みたい。


俺は、口角があがるのをとめられなくて、うつむいた。


浴衣姿のサトコなんて、ファンの子らに見つかったら、このうえなく恥ずかしい変装だけど、翔くんのいうとおり、薄暗いせいか、誰も俺たちに気をとめないんだ。


「楽しいね」


そんな俺の様子を見てか、翔くんが囁いたから、ふふっと頷いた。

そして、俺は、ちょっと大胆になりたくなって。

翔くんの指から手を離し、するりと翔くんと腕をくんだ。
太いたくましい腕に、ぎゅっとつかまる。
翔くんの体温が直に伝わる。
汗と香水の混じった香りが、ふわりとした。

翔くんは、ちょっと驚いた風にぴくりとしたけど、俺がにこりと笑って見上げたら、デレッと顔が緩んだ。


帽子を深くかぶってて良かったね。
アイドル忘れた顔してるよ。


浴衣は暑いし、きゅうくつだし。
ウィッグも、つけまつげも、グロスも何もかもめんどくさいけど、翔くんとこんなことできるなら、たまにはいいかな……と思った。




陽はとっぷりと沈み、空は真っ暗。
翔くんがスマホで確認したら、花火があがるまであと30分くらいかと思われた。

慣れない下駄で歩き疲れた俺たちは、商店街を抜けたところの広場のベンチで休憩することにした。
花火が見える場所から離れているから、人は少ない。


「喉かわいた……翔くん」


ちょっとわがままをいってみたら、翔くんは、ちらりと周りを見わたし、何かをみつけたのか、待ってて、と歩いていった。


ふふっ……彼氏みたい。
彼氏か。


下駄を脱いで、素足をぶらぶらさせる。
親指と人差し指の間が擦れて痛いや……。


浴衣のすそがはだけないようにだけ気を付けてると。


「彼女一人?」

「ドライブいかねー?」


目の前にチャラい若者が立ったのが分かった。


……うわ……めんどくさい……


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