BLUE MOON
第1章 コーヒーと花束
「さ、行こうか」
エントランスで待ち合わせて連れてきてもらったのは
「こんばんは~」
ビルの谷間にある小さなお好み焼き屋さん。
「女将さんご無沙汰してます」
「あら、桜木さんお久しぶりです」
チーフは割烹着を着た元気のいい女将さんと挨拶を交わすと座敷に上がりジャケットを脱ぐと
「とりあえず俺は生と…園田さんは?」
サイドを流すように固めていた髪をバサバサと大きな手で崩した。
「私も生ビールで…」
髪の毛を崩しただけなのに…
「女将さーん!生2つ」
さっきまでクールに決めていたチーフの顔が一瞬で柔らかな表情に変わった。
「それと女の子が好きそうなものテキトーにお願いできる?」
「はいよ」
それは不思議な情景だった。
「よっと」
腕捲りをしたチーフはフライ返しを器用に操ってクルっと生地を裏返す。
「上手ですね」
「だろ。大阪支社でお好み焼きのいろはを徹底的に教え込まれたからな」
昨日出会ったばかりの社内で抜群な人気を誇る人が目の前で得意気に笑ってる。
「大阪支社?」
「そう、俺昨日大阪支社からこっちに来たんだ」
…みんなは知っているのだろうか
「え、それじゃあ大阪からあの大きな花束を?」
バリバリと仕事をこなし憧れの眼差しで見られているあのチーフが
「捨てたりなんかしたら大阪のみんなに失礼だろ」
こんな風にニッコリと笑うなんて
「マヨネーズかけても大丈夫?」
「お願いします」
整った顔と均整のとれた体格は鉄板を目の前にしても何一つ変わらないのに
「マヨビーム!」
少年というか…可愛いというか…
「ウフフ」
そんなチーフを見ていたら私まで自然と笑みを溢してしまった。
「はい、一番大きいの」
切り分けてくれたお好み焼きを私のお皿に乗せて
「昼飯食わずにやってくれたご褒美」
だなんて。
さすがモテ男は違うと感心しながら鰹節が踊るお好み焼きを眺めた。
チーフは生ビールをグビッと飲むと箸をパキッと割って
「熱っ!…うまっ!」
お好み焼きを頬張った。
ハフハフしながら食べる姿を私も真似て箸をパキッと割って
「いただきます」
熱いとわかっているお好み焼きを口に運んだ。
「どう?」
「ハァフ…美味しいれす!」
得意気にニコッと笑ってくれた桜木チーフ
その笑顔につられて頬を緩める私がいた。