BLUE MOON
第1章 コーヒーと花束
営業先から戻ってこれたのは予定を1時間オーバーした20時。
人も疎らになった営業部で
「まだいたのか?」
彼女は今朝託した資料をまだまとめていた。
「残りは明日でいいから、もう帰っていいぞ」
定時であがっていいと伝えたはずなのに聞こえていなかったのか。
「いえ、もう少しで終わりますので」
まっすぐに俺を見据える大きな瞳はまたすぐファイルへと落ちる。
…やっぱりな
何枚か出来上がったものを手に取ると確かによくまとめられている。
思った通りアシスタントとして彼女は優秀だ。
…俺の目に狂いはなかった
「悪いけどコーヒーを2つ淹れてくれないか?」
俺はネクタイを少し緩めながら頑張り屋さんに注文する。
「はぃ、ふたつ…ですか?」
「そうふたつ」
彼女のデスクの上には空のままのコーヒーカップ
「俺のと園田さんの分ね」
きっと昼も食べずに資料と格闘してくれていたのだろう。
「は、はぃ!すぐに淹れてきます!」
*
彼女の手が止まったのはそれから30分後のことだった。
「桜木チーフ、今日の預かった分はとりあえず終わりました」
…そんなに満足げな顔しちゃって
「ご苦労さん」
そんな頑張った彼女に俺が言った一言
「あのさ…」
口にした言葉に彼女は大きな目を溢れそうに見開いた。
「え…」
「だから、飯食いに行かないかって誘ってんだけど」
「桜木チーフとご一緒していいんですか?」
誘ってるのは俺だっつうのに…不思議そうに首を傾げる彼女を見ながら俺は頬を緩める。
だから…
「業務命令な」
「ウフフ…はぃ」
可愛い顔してんのに誘われ慣れてねぇのかな。
「この時間だからあまり期待すんなよ?」
公私混同も甚だしいって魚住に怒る顔がチラつくけど
「30分後にエントランスで」
彼女の都合なんか一切聞かずに俺は報告書を持って魚住のデスクまで歩きはじめる。
「ハィッ!」
するとバカみたいに大きな返事が俺の背中に届いた。
…癒しねぇ
今まで女にそんなこと求めたことなんてなかったけど
彼女を見ていると悪くないかも…だなんて。
たまには同期の助言を聞いてみるのもいいのかもしれない。
一匹狼だった俺がアシスタントといえども誰かと組むなんて
俺好みのコーヒーを淹れてくれる限り…
うん、あの子ならアリかもしれないな。