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BLUE MOON

第7章 立場


「はぁ…」

今日一日、雨粒を落とす灰色の空を何度見上げただろう。

「遅いなぁ…」

涼さんはお見合いという名のランチを食べてすぐに戻ると言って昼前に出て行ったのに

「涼さん、もう夜ですよ?」

灰色だった窓の向こうの空はいつしか真っ暗になっていた。

雨で霞む光の数々は幻想的で儚げで

「はぁ…」

まるで行き場のない不安を抱えた私のよう。

はっきりとしない無機質な明かりがただただ私の心を締め付けた。

時計の針はもう19時を回っている。

連絡ひとつくれないのは涼さんのいつもの悪い癖なんだけど

「なんかあったのかな…」

今日だけはどんなことがあっても連絡をほしかった。

結婚を約束した彼氏が形だけのお見合いにいく。

彼女の私はその彼の帰りを健気に家で待つ。

何度考えても可笑しな状況だ。

夕方から時間を持て余した私は肌寒いからとシチューまで作っちゃって

「先に食べちゃおうかなぁ」

煮すぎて形がなくなり始めたジャガイモとニンジンを探しながらクルクルと掻き回す。

どうして『行かないで』と言えなかったんだろう。

どうして玄関先で引き留めなかったんだろう。

今日一日何度も何度も後悔した。

私はお見合い経験が無いけれどこんなにも時間がかかるものなのだろうか。

「はぁ…」

大きな溜め息をついてコンロのスイッチを押すと

…ガチャン

「ただいまー」

いつもより大きな声が玄関から聞こえた。

「お帰りなさい」

リビングのドアを開けて恐る恐る彼を迎え入れると

「はぃ、おみやげ」

涼さんは私の不安なんて他所にケーキの箱を私に渡し

「ここのモンブランは格別だから」

いつものようにアーモンド色の瞳を細めた。

そして ネクタイを外しながらキッチンの鍋を覗くと

「旨そうだね」

髪を撫でて目を細める。

「風呂入ってくるよ」

いつもと変わらない流れに私はどうしてだろう…胸が詰まった。

「涼さん…」

大きな背中に思わず手を伸ばす。

「なに?一緒に入りたい?」

ちゃらける彼は回した私の手を撫でる。

「電気…消してくれるなら入ります」

正反対に私は彼への想いをこんな形で伝えると

「痛っ」

涼さんは私の手首を痛いぐらいに掴み手を引いた。

ねぇ、涼さん…何か言ってよ

遅くなってごめんって…何にもなかったよって…

ねぇ、涼さん…

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