BLUE MOON
第9章 責任
「ハァ…」
五十嵐さんからオーダーを受けていつものように給湯室でコーヒーを淹れる。
「ハァ…」
フィルターをゆっくりと通ってカップに落ちる様を眺めてまたひとつ溜め息をついた。
溜め息の原因はわかっている。
週末も仕事に追われすれ違い状態だった涼さんとのこと。
忙しい涼さんはぐうたらな私が起きる前に出社してベッドに入る頃に帰って来るという生活を送っていた。
今朝とて顔を会わせたのは会社に着いてから。
いつものようにモーニングコーヒーを淹れて仕事の打ち合わせをして上司と部下の関係を全うする。
でも、なんだろう…何かが違っていた。
確証したのは酔って帰ったあの晩。
彼のシャツを羽織るという場面を見られても咎められることもなくいじられることもなく入れ替わるようにお風呂に入ると、久しぶりの夜だというのに私の背を抱いて眠りに落ちた。
疲れているんだと自分に言い聞かせて瞼を閉じたが、次の日もその次の日も涼さんは私の肌に触れようとはしなかった。
キスもそう。視線が重なる度に重ねていた唇も最後に重ねた日を辿るほどだった。
「ハァ…」
お見合いの話を聞いていなければマンネリなんて言葉で片付けたかもしれない。
けどお見合い相手を知ってしまった今、私は大きな不安に襲われていた。
…涼さんの分も淹れようかな
給湯室に入る前に彼が営業先から戻ってきた姿を見つけた。
私はもうひとつカップを用意して準備をすると
「園田さん、悪いんだけど応接室にコーヒー二つお願いできる?」
私と同じアシスタントさんに声をかけられた。
「OK!」
来客用の花柄のカップをあたためてコーヒーを淹れる準備をする。
「砂糖と…ミルクミルク…」
丁寧に熱湯を回しかけながら豆を膨らませお盆にセットして
「五十嵐さんのは…うん、後にしよう」
お客様の待つ応接室に向かった。
…コンコン
「失礼致しま…」
いつものようにドアを開けた瞬間、私は息を飲む。
…どうしてここに?
震えだした指先を落ち着かせるように一拍おいてからカップをテーブルにおくと
「これ、カフェインレスかしら?」
私に質問するご令嬢
「ち、違いますけど…」
すると彼女はお腹に手を添えて
「申し訳ないけどお茶に変えてもらえます?」
ニコリと微笑んだ。
その微笑みに私は何故だか敗北を感じた。