BLUE MOON
第9章 責任
「急須に熱湯を注いで…」
入社したときの研修で習ったように急須を温める。
腕時計の針が一周回るとそのお湯を捨てて茶葉を急須に入れてお湯を注ぐ。
同じように温めておいた湯飲みにゆっくりと緑茶を注ぎお盆にのせる。
…。
またあのご令嬢に会わなきゃいけない。
「…仕事仕事」
私は口をグッと結び喝を入れて給湯室を出た。
…コンコン
そして同じように応接室のドアを叩き涼さんの幼馴染みの妹でお見合い相手の彼女にお茶をだす。
「ありがとう」
彼女はスマホから視線を上げてニコリと微笑む。
何度見ても思う。
「いえ…」
…彼女には勝てないと
私はお盆を脇に抱えて一礼し部屋を出ようとすると
「あなた、涼くんの部下さん?」
…涼くん
初めて気が付いた。
「はぃ、桜木チーフのアシスタントをさせていただいてます」
どうやら私の心はものすごく小さいようだ。
私は彼女の方を向いてゆっくりと舐めるように観察した。
「もうお仕事先から戻ってきたかしら?」
「先程見かけましたので戻ってきたかと…」
細かい作業がなされた黒いワンピースに真っ赤なカーディガン。
「ごめんなさいね、涼くん心配性だから外は寒いから部屋で待ってろなんて。皆さんお仕事中なのに…」
「今日は特に冷えますものね」
胸元には大きな一粒ダイヤのネックレス。
「そうよね、今は特に大事な時期だから涼くんが心配するのは仕方がないか」
足元は…すこしチグハグな感じのするローヒールの有名ブランドの黒いパンプス。
彼女はもう一度ニコリと微笑むとお腹に添えていた手を回すように撫ではじめて
「アシスタントさんだから話しておこうかな」
不思議なもので嫌な予感ほど当たるもんなんだね。
彼女は人差し指を立てて唇に添えると
「私、涼くんの赤ちゃん妊娠してるの」
内緒にしろといいながら自慢するように言葉を紡いだ。
「…妊娠」
大して飾り気もない応接室の色がモノクロへと変わっていく。
ここ最近私に触れなかった理由がこんな形でわかるなんて
「…おめでとうございます」
「ありがとう。順番を間違えちゃったから色々迷惑かけると思うんだけど…アシスタントさん、涼くんのフォローよろしくお願いします」
やっぱり、お金持ちの遊びのコマにすぎなかったんだって
こんな時に笑ってる私…どうかしてる。