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BLUE MOON

第9章 責任


肩を並べて共に戦ってきた同僚として

「嘘じゃない!」

気立てが良くて努力家の部下の上司として

「嘘よ!全部嘘!」

俺は何が出来るだろう。

ももちゃんは突き放すように桜木の胸を押すと両手をグッと握ったままヤツの顔を睨み付けていた。

何度も溜め息をつきながら桜木は言葉を紡ぐ。

「俺が好きなのは…愛してるのはモモだけだ」

いい歳をした男が愛だの恋だの…

本当ならそう思うけどコイツは違う。

桜木は何千何万の社員を抱えるこの大企業の後継者として身を粉にしながら今の今まで突っ走ってきた。

誰よりも努力をして認められなきゃいけないと坊っちゃん育ちなくせに俺らと肩を並べて汗を流した。

大きな取引がまとまったある夜、どこにでもある居酒屋で桜木からももちゃんと付き合ってると聞いた。

桜木が何年か前に見つけた一輪の花をやっと射止めたとそれはそれは嬉しそうに

「じゃあどうして…」

アイツのあの日のだらしない顔が忘れられない。

「どうして彼女は妊娠しているの?」

「違うんだ…」

…酷だよ

たった一度の過ちで大切にしてきた人をこんなにも苦しませ

「何が違うの?あの人のお腹の中には涼さんの赤ちゃんがいるんでしょう?」

手離さなきゃいけないなんて

何かの間違えなんじゃないかってもう一度確認しろって俺は何度も言った。

そして、大切な命だとわかっていながら頭を下げろとまで俺は言った。

「だったらもう終わりじゃない」

でもももちゃんを通して命の大切さや儚さを知った今、桜木にそれは出来なかった。

例え望まれない命でも迎えてやらなきゃいけないと本気で惚れた女が教えてくれたからって

「モモ…」

でもねももちゃん、どうかわかってやって。

桜木は会社を取るか愛する人を取るか最後の最後まで悩んだんだ。

それがコイツの宿命なんだと思う。

「ごめんな…モモ…」

桜木はももちゃんの濡れた頬を指先で拭うと

「桃子、世界で一番愛してる」

優しく甘い声で

「ごめんな…別れてください…」

心とは反対の非情な台詞を紡いだ。

一瞬動いたももちゃんの大きな瞳

…後継者なんてクソ食らえ

言ったよな?俺も一緒に頭下げてやるって

切るなら愛する女じゃなくて今ごろ高らかに笑っているご令嬢だと言ったよな

「サヨナラ…涼さん…」

でも、これが二人の宿命なんだ。

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