BLUE MOON
第10章 モノクロ
「申し訳ない…今週はちょっと…」
…また?
タイミングが悪かった。
「…いや、ごめん来週も厳しい」
桜木チーフはよく給湯室で電話を掛けている。
相手は桃子を苦しめたあのご令嬢
「時間は必ず作るから…本当に申し訳ない…」
でも、チーフの声を聞けばわかる。
…二人はうまくいってないって
チーフは大袈裟なぐらい大きな溜め息を付きながら電話を切った。
「ご令嬢ですか?」
そして誰が何時淹れたかわからない作りおきしてあったコーヒーをチーフに手渡しながら分かりきったことを聞いてみる。
「ありがとう」
チーフは答える代わりに礼を言うとクルクルとカップを回してまたひとつ溜め息をついた。
「飲まないんですか?」
「…え?」
「誰かさんのせいで…ここのコーヒー不味くなっちゃいましたもんね」
私は桃子が会社を辞めてからチーフと仕事以外でほとんど口を利かなくなった。
そりゃそうだろう。
純粋でまっすぐだった桃子をあんなに酷い仕打ちをしたくせに、本人はご令嬢と来月には婚約発表だなんて
「…マズッ」
桃子の代わりに文句も言いたくなるっていうの。
私は俯くチーフを横目に空になったコーヒーポットを洗って新しいコーヒーを用意するべくフィルターと粉をマシーンにセットすると
「あれ~?売り切れちゃった?」
あの日、あの現場にいた魚住部長もコーヒーカップ片手に入ってきた。
…厄介だな
「今準備してますからお待ちください」
背中で返事をしてさっさとスイッチを入れて給湯室を出ようとすると
「麻里ちゃん」
…ほら来た
「ももちゃん元気?」
私の歩みを止めさせた。
部長は私と桃子がまだ繋がっているのを知っている。
退職してすぐにスマホの電話番号もLINEも桃子は全部変えた。
すべてを忘れるために…
それでも私にだけ電話番号を教えてくれたのは同期という枠を越えてプライベートでも気心が知れた友人になっていたからだろうか。
私は給湯室の奥にいるチーフにも聞こえるように
「ノーコメントで」
少しだけボリュームを上げて返事をする。
「…アハハ、そうくるか」
あの娘のことは放っておいてほしい。
私は小さく笑うチーフを睨み付けわざとらしく大きな溜め息を吐いて
「…失礼します」
不味いコーヒー片手にヒールを鳴らしながら給湯室を後にした。