BLUE MOON
第10章 モノクロ
「ももちゃん、あちらのお客様お願いできる?」
私は今、海が望めるこの街の小さなカフェで働いている。
「お待たせしました、ご注文はお決まりですか?」
「日替わりランチのコーヒーセットと…おまえは?」
「私はパスタセットとカフェラテで」
「日替わりランチのコーヒーセットとパスタランチのカフェラテですね、少々お待ちください」
あの日、スーツケースをひとつ持った私はいくつかの電車を乗り継いでこの場所に辿り着いた。
真夜中の海を見たかったわけじゃない。
ただ遠くに行きたかった、たったそれだけ。
海沿いの道を当てもなく歩いているとふと香った芳しい香り。
私がその香りに誘われて顔をあげるとそこには小さなカフェがあった。
私はその芳しい香りに吸い寄せられるように古い木で出来たドアを開けると
カランカランカラン♪
そこはとても可愛らしいカントリースタイルのお店で
『いらっしゃいませ~空いてるお席にどうぞ~』
鐘の音同様少し低い声をした女性がカウンターからニコリと微笑んで案内した。
私は海が見える席に座り真っ暗な海を眺める。
『ご注文は?』
コトリとテーブルにお冷やを置いたのは先程の女性。
『あ、えと…』
『ねぇ、うちの特製カフェオレにしない?』
『…え』
柔らかく微笑む割にハキハキしている人だった。
『この時間に飲むなら少し甘めのカフェオレの方がいいと思うの?あなた疲れてそうだから』
まるで亡くなった世話好きの私のママのような人
『あ、はぃ…』
私は素直にその提案に首を縦に振ると
『カフェオレひとつね~』
『あいよ』
カウンターの中にいるマスターらしき人にオーダーを通した。
マスターは先程の女性に比べると随分と愛想がない。
仏頂面をしたマスターは手引きのミルにコーヒー豆を入れるとガリガリとゆっくりと挽き始めた。
…あ、少し豆の香りがする
頃合いを見てフィルターに挽いた豆をセットしてゆっくりとお湯を廻し入れ始める。
愛想がないながらも丁寧にコーヒーを淹れるその姿は亡くなった父を見ているようだった。
父は私にコーヒーの淹れ方を教えてくれた人。
自分が苦しいときに1番逢いたい人に似た人たちに会うなんて
『お待た…え?ちょ…どうしたの?!』
私は大きなカップに入ったカフェオレを前にずっと流せなかった涙を溢していた。