BLUE MOON
第10章 モノクロ
お店のバルコニーから眺める景色が好きだった。
朝の光に包まれキラキラと輝く水面、昼はその水面にプカプカと浮かぶサーファーの人たち、夜は月を照らしながらザバンザバンと奏でる波の音。
毎日表情が違う海と空を眺めているとなにも考えなくていい。
サーフボードに跨がる彼らも同じだろうか。
「ももちゃん、まかない出来たわよ」
「はぃ!」
穏やかな春の日、私はやっと前を向いて歩けるようになった。
お客さんが途切れる14時すぎに私は料理上手な夏海さん自慢のランチをご馳走になる。
「いただきます…ん!このチキン美味しい!」
「ハニーマスタードチキンよ。明日の日替わりに出そうと思って」
大きなお皿にはオーガニックのお野菜たっぷりのサラダと今日はハニーマスタードチキンに五穀米、そして本日のスープはオニオンスープ。
手の込んだお料理とコーヒーが自慢のお店は小さな町にあるのに意外と忙しかった。
「はいよ」
「あ、アイスコーヒー!いいですね、今日は随分と暖かいですから」
仏頂面のマスターのコーヒーは相変わらず美味しい。
「相変わらず美味しそうに食べるわね」
「だって夏海さんのお料理みーんな美味しいんですもん」
だからこのランチタイムは至福の時間なのである。
「トマトも美味しい」
ここで働いてからゆっくりとした時間を過ごすようになった。
空の色や潮の香り、特別な物なんて何もないのにあっという間に時が過ぎたり、ゆったりと流れたり
「おかわりする?」
「いいですか?」
「相変わらずよく食べるわね」
「だって美味しいんですもん」
こんな時間の過ごし方が今の私にはとっても心地よかった。
~カランカランカラン
「あれ~ももちゃん、今ごろお昼?」
「そうですよ、もう上がったんですか?」
「今日の波はオレには合わねぇの」
「またそんなこと言って、高すぎて怖かったんじゃないですか?」
「あのさぁももちゃん、オレ結構上手いって知ってる?」
「知りませーん」
常連さんとこんな風に話すのも楽しかったりする。
東京のど真ん中でせかせかと働いていた私はもうここにはいない。
コツコツと奏でるパンプスもヒラヒラと風に靡くブラウスもスカートももういらない。
パーカーとデニムとスニーカーが今の私なんだ。
もう勘違いなんてしないよ
惨めになるだけだから…