BLUE MOON
第10章 モノクロ
スマホを握りしめたまま動けない私がいた。
「ももちゃん?」
夏海さんが目の前にいるのに声が私の耳に届かない。
肩を擦られても夏海さんの柔らかな手の感触が伝わってこなかった。
…電話をとられなれば良かった
いや、麻里に新しい電話番号を教えなければ良かった。
…どうして
私にサヨナラを告げておいて婚約までしておいてどうして令嬢と破談?
…私を探してる?そんなことあるわけないじゃない
サヨナラを告げたのは私じゃなくて涼さんだったのに
思い出すまいと胸の奥に鍵まで掛けて無理矢理しまい込んだのに
…どうして
瞬きをする度に優しく微笑む彼の顔が浮かんでは消えた。
『千葉にいるみたいだね』
どういうわけか麻里は私が話していないことまで知っていた。
「ももちゃん、深呼吸してみようか」
気付いたら夏海さんに抱きしめられて背中を擦られていた。
「わたし…私…」
「何も話さなくて良いから」
こんなに泣いたのはカフェのドアを開けたあの日以来だった。
麻里はわたしの感情なんて無視して淡々と言葉を紡いでいた。
すべては令嬢のお芝居だったと、それにまんまと私たちは騙されてしまったと
「なつ…さん…」
涼さんは後先考えず、両家に事実を突きつけたことで後継者争いからも外れたと
「よしよし…」
苦しめた私に謝りたいと、だから探してるって
「やっと、やっと…終わらせたのに…」
連絡してあげてって、話を聞いてあげてって
「夏海さ…夏海さんっ…」
麻里は何も発しない私に必死で訴えた。
最後まで話は聞けなかった。
途中で叩くように画面をタップして遮断してた。
*
どれだけ泣いたのだろう、少しだけ空いていた窓から風に乗って波の音が届いてきた。
「すみません…ぐちゃぐちゃにしてしまいました…」
まただ、夏海さんのエプロンを汚してしまった。
夏海さんは微笑みながらまだ涙でぐちゃぐちゃな私の頬をエプロンの裾で拭い
「ももちゃん、少しだけでいいから私に話してみない?」
私のパンクしてしまった心に手を差し伸べてくれた。
いつかは話さなければと思っていた。
見ず知らずの小娘にここまで良くしてくれるんだもの。
「私…」
「うん」
夏海さんはニッコリと笑う
「大好きな人がいたんです…」
その笑顔はまるで亡くなったママのように優しかった。