BLUE MOON
第2章 恋心
「○×工業は…」
手を伸ばし資料を探している桜木チーフを私は下から見ていた。
私が背伸びしても届かない高い棚にスッと伸ばされてる長い腕、その指先を見ている切れ長のアーモンド色の瞳
少しだけ視線を下ろせば広い肩に大きな背中
このたくましい体に抱きしめてもらった私は大人のムスクの香りを胸いっぱいに吸い込んで彼女らしいことを初めてしてもらった。
「なぁ、○×工業の資料ってもう手直ししてくれたっけ?」
私は早速仕事モードに切り替えているチーフの声を聴いて我に返る。
「あ、えと…」
でも、私はチーフのように器用にうまく切り替えができなくて
「モモ?」
「は、はぃ!」
「ククッ…何想像してんだ?顔真っ赤だぞ」
「いや、その…これは違くて…」
ここは会社の資料室だというのに
「抱かれたの思い出したか?」
「だっ!抱かれた!?な、何を言ってるんですか!」
なんとか仕事モードのスイッチを入れたのにクスクスと笑いながらまた大きな手が私の髪を撫でるから
「ホント可愛いなぁ」
電源がショーとしていつまでたってもスイッチが入らない。
「さ、桜木チーフ!」
「涼…」
「…え」
「俺の名前」
「涼…さん?」
「そう、二人でいるときは名前で呼んでよ」
まだ心を通わせて2週間
抱きしめられて5分
手も繋いでなければキスもしていない私たち
「モモ…」
「り、涼さ…ん…」
「アハハっ、もっと赤くなった。可愛い~」
「なっ!からかわないで下さい!」
恋をするのは高校生以来
「からかってないよ。可愛いから可愛いって言ってるの」
「だから!それがからかってるって言うんです!」
恋の仕方なんて忘れたつもりだったのに
「今日仕事早く終わらせるから飯でも食いに行こうか?」
そんな風にアーモンド色の瞳が微笑むから
…コクリ
「なら食いたいもの考えとけ」
心のどこかにあった恋の取り扱い説明書を開くことになる。
桜木チーフはいつの間にか探し当てたファイルを私に渡すと「落ちついたら出てこい」と言って資料室を先に出ていった。
10年近く誰も愛そうとしなかった私の心に一瞬で飛び込んできたチーフ。
「涼さん…か…」
たぶんもう恋してる。
「…ウフフ」
恋しちゃってる。
「あっ!しまった!」
携帯の番号はまだ聞けてないけどね。