BLUE MOON
第2章 恋心
「姫様どーぞ」
年上の男の人って
「またそうやって」
みんなこんなにジェントルマンなの?
会社の地下駐車場まで来るようにとメモを渡されたのは3時にコーヒーを淹れた時だった。
エレベーターで降りればいいものを誰かに見られたらいけないと階段をせっせと降りていくと桜木チーフは白い車の前で待っていた。
そしてまるで映画のワンシーンのように助手席のドアを開けて私をエスコートする。
「じゃ、出発」
車に疎い私でもわかる国産車の上位モデル。
内装は高級感あるブラックメタリックでシートは体を包み込み エンジンの音だってすごく静か。
「この車…桜木チーフのですか?」
「あぁ。いつもは真面目に電車通勤なんだけどね。今日はモモと飯食おうって決めてたから車で来てみた」
ニカッと笑って一瞬私の方を見ると
「せっかくだから海でも見に行こうか」
「海?」
「そう、夜の海」
桜木チーフは私の返事は聞かずに右にウインカーを出すとアクセルを踏み込み高速道路にのった。
*
「モモは好き嫌いはないんだっけ?」
「はぃ、ありません」
桜木チーフが車を停めたのは海岸線を少し山へと入った高台のフレンチレストラン。
私はメニューを見てもさっぱりわからないので桜木チーフにオーダーを任せた。
「本当はワインが合うんだけどね。今日はこれで我慢しようか」
注がれたのはノンアルコールのソーダ。
「じゃ、乾杯」
この間はお好み焼き屋さんでビールジョッキを重ねて今日はソーダが入るワイングラスを重ねて
「俺に遠慮しないで呑めばよかったのに」
「いいえ、これでいいんです」
窓の外には真っ暗な海が広がっていて
「美味しい」
「気に入ってくれて何より」
アーモンド色の瞳を独り占めして
「自炊してるの?」
「あまり凝ったものは作れませんけど」
「ハンバーグ作れる?」
「一応…」
「肉じゃがは?」
「作れはしますけど…」
「なら、今度作ってもらおうかな」
「味の保証はしませんよ」
「モモが作ってくれれば旨いに決まってる」
他愛もない話に花を咲かせて
「満足した?」
「大満足です。ごちそうさまでした」
久しぶりに昇る恋の階段。
「さて。潮風に当たりに行こうか」
いつのまにか私の心から後ろめたさはなくなっていた。