BLUE MOON
第3章 鼓動
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私はチーフの胸を両手で押してさっき言われた台詞を頭で復唱する。
「引越しのせいで遅れたのはわかりました。で…一緒に住むって…」
「ダメ?」
「ダメとかじゃなくて…」
一緒に居たいとは思ったけど…住みたいなんて考えたこともなかった。
「急にどうしたんですか?」
ハンバーグを作らなきゃいけないのに
「善は急げっていうじゃない?」
「はぃ?」
それどころじゃない。
私は変に鳴り響く鼓動を抑えるように胸に手をあてて深呼吸する。
「ここ来月更新なんでしょ?」
「なんで知ってるんですか?」
「オジサンをナメるなよ」
そういえば、この間魚住課長とそんな話したっけ…
チーフは私の髪を撫でながら耳にかける。
「もっとモモの傍に居たいって言ったら笑われる?」
「そ、そりゃ私だって居たいですよ」
「だったら…」
この人はなんてズルい人なんだろう。
「待ってください…私たちお付き合いしてまだ日も浅いですよ?」
「時間の問題?」
「いえ、そうじゃなくて…」
職場では誰もが憧れる1本芯の通った大人な男性なのに
「じゃあなに?」
二人のことになると子供のように駄々を捏ねて私を困らす。
「モモはイヤなの?」
「そういうわけじゃ…」
「だったら…」
私はスカートの裾をギュッと掴んで小さくため息をつく。
「だって…」
「だって?」
「まだハンバーグも食べてもらってないですし…」
「ハンバーグ?」
何を言っているんだろう。伝えたいことはもっと違う言葉なのに
「それに…」
「セックスもしてないからってこと?」
「はぃ?!」
…それもあるけど、そんなハッキリと言わなくたって
「モモ…」
スカートを握りしめる私の手に大きな手が重なる。
「モモの言ってることは正しい。でもね、俺は曲げないよ」
「涼さん…」
だからズルいんだよ。
「私…」
そんなに寂しそうに見つめられたら
「わかりました」
断れるわけないじゃない。
「マジで!いいの?ヤッター!!」
考えてみれば給湯室で逢ったあの日から 花を生けろだとかコーヒーを淹れろだとか、結婚を前提に付き合えとか…ずっとチーフの我が儘を聞いてる私
「苦しいです!離してください!」
「ダメ~」
でも、それがスゴく幸せだったりする。