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BLUE MOON

第1章 コーヒーと花束


「じゃ、よろしく」

花束を抱えた彼は適当な場所に飾ってくれと一方的に花束を差し出すと颯爽と営業部に入っていった。

知らない顔だった。

でも、所作がスマートというか無駄がないというか…

人を惹き付ける何かを持っている人だった。

それは高い身長のせいなのか、切れ長なアーモンド色の瞳のせいなのか…

はたまた 低いのに張りのある声色だったからか…

だって私は花束を抱えたまま未だに動けない。

…じゃ、よろしく

まるで心を掴まれたかのようにその場に立ち尽くし たった何秒かの出来事を脳内にリプレイさせていた。

…いけないいけない

私はコーヒーの香りに目を覚ますと 一先ずその花を置いて花束の彼に頼まれたコーヒーを淹れた。

そして

「ふぅ…」

いつも迷いも戸惑いもなく入って行く営業部のドアを開けると花束の彼の姿を探した。

でも

「桃子!」

探すことなんかなかった。

さっきまで黙々とパソコンに向かっていた人たちは魚住課長のデスクの前に集まり始めていて

「桃子、早く!」

出遅れた私を麻里が手招きする。

私はお盆を持ったままその輪に加わると

…あっ

その中心にはコーヒーを頼んだ花束の彼が魚住課長と並んで立っていて

課長はコホンと咳払いをひとつすると花束の彼の肩に手をポンと叩いて

「噂になっていたとは思うが…急遽、桜木が営業部に戻ってくることになった。一応役職はチーフだが俺と同等だと思ってくれ」

彼を紹介した。

すると花束の彼は一歩前に出て

「3年?いや4年ぶり?やっと本社に戻ってこられました」

さっき私にコーヒーを頼んだときと同じ張りのある低い声で

「桜木涼です。またこの部署で仕事が出来ることを嬉しく思ってます。よろしくお願いします」

スマートに挨拶をした。

すると一斉に拍手が沸き上がりここに戻ってきたことを課のみんなが喜んでいた。

「桜木さんと仕事ができるなんて夢みたい」

麻里もその中の一人だった。

いつも仕事ばかりの麻里も目をハートに輝かせ花束の彼…元い、桜木さんに拍手を贈っていた。

私はというとお盆を持っているせいで拍手も出来ずにただ彼を眺めるだけ…

「園田」

そんな拍手のなか課長が私の名前を呼ぶ。

「明日から桜木のアシスタントな」

女子社員が一斉に私を見た。

それも、溜め息混じりに…

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