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BLUE MOON

第4章 スタート


「おかえりなさいっ!」

玄関先までスリッパを鳴らして迎えに来るなんていつ以来だろう。

「ただいま」

思い出せるのは幼稚園に通っていた頃

「お疲れさまでした」

パパを出迎えてその日の出来事を支離滅裂に報告する私を抱きあげると「そうかそうか」と笑いながらリビングまで連れていってくれた。

「寝てていいって言ったろ?」

あれから20年の月日が経つと

「出来るときはさせてください」

大好きな人と労いの気持ちを込めて唇を重ねるようになる。

「あの…」

「ん?」

「お夜食…作りましょうか?」

ネクタイを解きながら浴室に向かう涼さんに話しかけてみる。

「おうどんぐらいなら用意できますので…」

昨晩、涼さんに言われたことがある。

家事は分担しようって。

家賃も光熱費も貰ってくれない彼に私は家事をすべて任せて欲しいと提案した。

でも、涼さんは家政婦を雇ったつもりはないからとキッパリと断られた。

今朝も私より早起きして朝食を作ってくれていた彼にもう一度提案してみたけど『やれる方がやればいいでしょ?』なんて 至らないを私にウインナーを差し出しながら言ってくれた。

だから 夜は私の方が先に帰れるからと意気込んでキッチンに立ったけど『遅くなるから夕食はいらないよ』と連絡が来て結局何もしてあげられていない。

「味はそれなりだと思いますので…」

どうしても何かしてあげたくて断られるの覚悟で涼さんの顔を見上げると

「じゃあお言葉に甘えて頂こうかな」

ニコリと微笑んでお風呂場へと消えた。

涼さんは独り暮らしをしていたせいか何でも器用に出来るんだと知った。

私が見る限り家事全般を卒なく熟す。

特に今朝作ってくれたオムレツは洋食屋さん顔負けで 結構なボリュームがあったのにペロリと平らげてしまったほど。

昨晩なんか私がお料理をしている間にささっと洗濯物を畳んでくれていた。

おうどん一つで名誉挽回するのは難しそうだけど

「よし!」

仕事で疲れた彼に私が出来ることなんてこれぐらいしかないからエプロンを身につけてキッチンに立つ。

まだまだ始まったばかりの同棲生活

「卵も入れちゃおうっと」

誰かのために何かをしてあげられる喜びを胸に

「うん、上出来!」

私はグツグツと煮えるお鍋を眺めていた。

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