
BLUE MOON
第4章 スタート
「五十嵐、残念だったな」
魚住課長は五十嵐さんの肩をポンと叩くと
「ももちゃんには桜木のアシスタントをお願いしているんだ」
諦めるように伝えた。
それなのに
「俺は交通費と接待費の清算だけしてもらえればいいので彼女の負担にはそれほどならないと思いますけど」
一歩引くどころか交渉まで始めた。
営業部が彼の発言でなんとなくざわつき始める。
突如 話の中心なってしまった私は小さく溜め息をついて瞳を閉じると
「桃子、ちゃんと断りなさいよ」
いつの間にか私の隣にいた麻里が耳元で忠告する。
「五十嵐さんはアシスタントをコキ使うって有名な人だから」
この時 思い出した。
そうだ、五十嵐さんの話を聞いたのは麻里だ。
「でも、断れないよ…」
ベテランアシスタントになると何人も掛け持ちするケースはあるけれど 基本的に一人の営業さんに一人つくのが原則。
それに誰に付きたいか選ぶことはできない。
上司に指名されれば成立してしまうのだ。
私は魚住課長と五十嵐さんの話し合いを待つしかない。
…どうしよう
集まっていた輪は次第にバラけて各々の仕事へと戻っていく。
私もいつまでも立ち尽くしているわけにはいかないと麻里に目配せをして給湯室へ向かった。
「どうして桃子なんだろうね」
「私に解るわけないでしょ」
コーヒー全体に均等にお湯が浸るように細くお湯を注いでいく。
芳しい香りが給湯室を漂い始めたとき顔を出したのは
「ももちゃん、悪いんだけど…」
五十嵐さんの説得に敗北したであろう魚住課長で
「わかりました。清算ぐらいなら手間かかりませんから」
淹れたてのコーヒーを渡しながら返事をした。
勿論 忠告をしてくれた麻里は大きな溜め息をついて課長をジロリと睨み付ける。
「課長、チーフに怒られる覚悟しといた方がいいですよ」
「だよね~」
何を言っても仕方がない。私はアシスタントなのだから。
「桃子、出来ないことは出来ないってちゃんと言うんだよ」
「さすが麻里ちゃん。どんなときでもピーチ姫を助けるのはやっぱりマリオってことだね」
「課長、オッサン臭いですよ」
可笑しい。この二人だけが涼さんと私の仲を知ってるなんて
「では、五十嵐さんに話を聞いてきますね」
私は言い合う二人をおいて一つ余計に淹れたカップを手に取り給湯室を後にした。
