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BLUE MOON

第4章 スタート


強引に座らされてコーヒーカップを片手に向き合いあった私たち。

「…あの」

長い無言に耐えきれなかったのは私だった。

呼び止められたから座ったのに

「五十嵐さん?」

誘った五十嵐さんは書類をずっと眺めていた。

「用事がなければ仕事に戻りたいんですけど…」

コーヒーカップが空になって手持ちぶさたになった私は立ち上がろうと椅子を引くと

「明日 ランチご一緒しませんか?」

突拍子もないことを彼は言い出した。

「せっかく東京に来たんだから美味しいランチを食べたくてね、コーヒーを上手に淹れる桃子さんならご存じかと」

この人の考えてることは本当にわからない。

ニコリと笑いかけながらアイスグレーの瞳の奥はどこか冷めていて

「私は社食専門なので」

この誘いさえ良からぬことを企んでいるのかと疑ってしまう。

「では、社食をご一緒させてもらえませんか?」

一応 私は彼のアシスタントをしているのだから食事の誘いぐらいコミニケーションの一貫として乗ればいいものを

「社食ならお一人でも行けるでしょう?」

何故かこの人にだけは高い壁を建ててしまう私がいた。

「つれないなぁ」

五十嵐さんはグッと私の方に身を乗り出してまた冷めた瞳で微笑む。

…ち、近いよ

私は椅子の背もたれに重心を預けてその瞳から遠ざかる。

「し、仕事の話ならここで伺います」

吸い込まれそうな瞳は私の体を凍りつかせる。

「仕方がないですね。ではこの場をお借りしてお話ししましようか」

…ヤバい

馬鹿丁寧な話し方に背筋が凍る。

…嫌な予感がする

「私が担当している顧客のデータを今週中にまとめていただきたいのです」

やっぱりだ。

予感は的中した。

涼さんが私に頼んだ仕事を今度は五十嵐さんバージョンでこなせと…

「困ります…」

涼さんから頼まれた仕事が終わってもいないのに今度は五十嵐さんの仕事なんて

「桃子さん、今日で桜木チーフから頼まれていた仕事終わりますよね?」

「…え」

…何で知ってるの?

「チーフが帰って来るまででかまわないので頼まれてくれませんか」

ズルい。冷めた瞳を細めて断れないようにわざと丁寧に言葉を紡いで

「この桃子さんの資料に心を奪われましてね。私もこんな資料が欲しくなりました」

さっきからずっと眺めていた書類をパサリとデスクに投げた。

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